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2011年9月22日木曜日

「マガジンはマゴジンへ」




変われば変わるものだ。

甲子園でハンカチ王子なんていわれ、日本ハムに入団した斉藤佑樹、一方ライバル田中将大は楽天に入団。

今は二人の投手としての球の威力、体から出る闘志とオーラ、気合い、気迫、その全てが近寄る事のない大差となった。


まるで覇気が無く引退間近の投手でももうちょっといい球を投げるのではと思うハンカチ王子。

投げる球は殆ど変化球、直球はハエが止まりそうで球はすいませんとお辞儀してしまう(人はこれを魔球という)。

九回投げきる体力も、地肩もない。元々体はプロとしては小さいし桑田や松坂の様な地肩がない。

マウンドからトボトボとベンチに戻る姿にあれほど熱狂したファンの声援も半減した。又のりしろがもうない。

これ以上は伸びないと思う。



私は彼は政治家向きだと本当に思っている。汚れきった政治、国会議事堂を白いハンカチで掃除して欲しいと思う。

想像して下さい。彼があの薄暗い国会の中で白いハンカチ党党首として歩いている姿を。

演説もうまい、きっと救世主になってくれる筈だ。



一方田中将大は全く斉藤佑樹の逆、ダルビッシュと共に日本を代表する大エースとなった。

気合、気力、気迫、闘志の埋蔵量がまるで違う。そしてまだまだ伸びるのびしろを持っている。

こちらは政治家には全く向いていない。

単純にして明快である。


二人をカタカナで比べると「フンニャーとウリャー」の違い。

「へナーとバーン」の違い。「サイゴマデイクゾーとゴカイデオシマイ」の違いとなる。

持っている人間なんてすぐバレてしまう。ニーチェ曰く「どんな英雄もいつかは飽きられる」だ。

田中投手に送る言葉はやはり、ニーチェ曰く「どんな強者もいつかは疲れる」。星野仙一に潰されない事を願う。


一昔前24時間働けますか?なんてとんでもない事をいうリゲインという栄養ドリンクCMが流行った(今はあんまり売れていない)。そんじゃいつ休むのとなり、全く寝ないのという事となり、結局はビョーキになる。

そのツケがいま日本中をビョーキにしてしまった。今度のビョーキは従来の抗生物質もワクチンも効かない。

特効薬は休むしかない。



孫子の兵法に「休んだ人間(兵)、休んだ軍(会社)は強い」という。

海外にロケに行くとなんで日本人は昼ご飯も食べず働くんだ、何でそんなに急ぐんだと言われる。

根性だ、気合いだ、気合いだ、気合いダーなんてアニマル浜口的な父親は病院に入れられる。



8歳になる孫(男の子)がグランパ、算数34点だったよと言って来た。

凄いじゃん、グランパは中学三年の時14点だったよといったら勉強できないんだと喜んだ。


100点か0点でいきな。好きな科目だけ伸ばせばいいから。

で好きな科目はと聞くと道徳と体育だという。何で道徳と聞くとテレビ観ているだけだからなんだと。

幸い小さな体でスポーツ万能の様。私のDNAがタップリ入っている。


少年野球に入り遊撃手(ショート)で四番でキャプテンをやっている。

中学だけでればいいよと言ったら高校に行かないと甲子園に行けないよという(パパは孫が甲子園に言ってプロの選手になるのが夢なのです)。じゃあ34点じゃ入れないぞと言った。


東京ドームに野球を観に連れて行ってあげる。

わたしも遠足に行くように楽しみで殆ど寝れずずーっと原稿用紙に向かっている。

愚妻が朝早くからゴソゴソお弁当を作っている。田中将大みたいなガッツのある選手になりたいという。


私の知人が「孫の力」という年四回発行の雑誌を刊行した。休刊・廃刊続きなのに新刊とは凄い事だ。

第一回目は写真家立木義浩氏、菅原一剛氏が東北の被災地に行って孫達と生きる人々をいい写真にしていた。

流石プロと思ういいスナップショットだ。写真の基本はスナップだ。これからは「孫」の時代。「マガジン」も「マゴジン」だ。

是非書店でお求めを、1000円です。マゴマゴしたら連絡をして下さい(私に)。


「ジイジイ、バアバア+孫」この三点セットで日本人の人口の半分位という数字なのです。

帽子とタオル、ビニールバッグ、下敷き、ウエストバンド、キーホルダー、ジャビット人形を買ってあげました。

ついでに巨人軍も買ってやると言ったら孫は買って買ってと大はしゃぎ。

ポケットには28700円しかなかったのです。

2011年9月20日火曜日

「ブータンは97%が幸福」


ブータンの首都の名知っていましたか?「ティンプー」でした(ずっとプナカだと思っていました)。人口約68万人のこの国はナカナカ凄い数字を持っているのです。

ヒマラヤ山脈に囲まれた小国です。



この国の国民総幸福度(GNH)はなんと97%、お国民の殆どが幸福なんです。

1976年国王が「大切なのは経済成長を続け発展させる事でなく、国民一人一人が幸せを感じる事だ」と提唱し国民総生産(GDP)とオサラバしたのだ。


いまや先進国もプータンに学べとヒマラヤ山脈に向かっているらしい。

我々の国日本と比較すると何と羨ましい事だろう。

朝から晩まで働いても働いても幸福になれない。



体は疲労し、心は悲鳴を上げていても競争に勝ち抜け、売上を上げろ、シェアを奪え、コンビニは24時間営業し、マクドナルドも終日営業して終電に乗り遅れた人々が始発まで時間を潰す。私の家の近くにスーパーの西友がある。

広く、寒く、そしてお客さんは誰もいない。深夜2時過ぎ、東京から帰りながら買い物に寄ったのだ。胸には日本人ではない人の名が付いている。



少し先にローソン、その少し先にセブンイレブン、その少し先にファミリーマート、その少し先に私の家がある。どの店にもポツンポツンしかお客はいない。節電て何だいと思いながら本当にこの国はバカヤロー国家だと思った。



石川啄木は「働けど働けど我が暮らし楽にならざり、じっと手を見る」と書いた。

ずっとずうっと昔からこの国は働きづめなのだ。ブータンの人が来たら何というんだろう。

この国の国民幸福度は97%不幸福だからだ。


テツ&トモなら「なんでだろう、なんでだろう」という。

牧伸二なら「あ〜あやんなっちゃった。あ〜あオドロイタ」となる。

又、亡き三波伸介なら「ビックリしたな〜もう」となり、亡き荒井注なら「バカヤロー文句あっか」となる。

敬愛する南州太郎師匠なら「おじゃましまっす」といいながらきっとブータンに行ってしまうでしょう。



この頃私もかなり師匠達と同じ心境になっている。

まともに挨拶もできない、葉書一枚も書けない若者達に出会うと暗然たる気持ちになる。


私の信条はまず「気持ちいいあいさつ」であり社是でもある。

考えない、行動しない、戦わない、怒らない。幸い私の会社の若者は極めてまともであってくれている。

全ての滅びは「オハヨォー、オツカレサン、オサキニ」を言わなくなって始まる。

家も同じ、地域も同じ、社会も国も同じである。



夢を追い寝食を忘れている若い人から一通の手紙を貰った。何より心が洗われる。心の中で頑張れ頑張れと叫ぶ。

一人の若者の夢の背後にとてつもなく大きな幸福度が含まれているのだ。会社のためになんて考えるな。会社の歯車になるな。会社を徹底的に利用せよと私は言い続ける。


いつでもどこでも生き抜く武器を身に付けよと。

毎日毎日おぞましい事件や、ハレンチな事件や、信じ難き事件が起きている。井上陽水がかつて「傘がない、行かなくちゃ君のために行かなくちゃ」と歌った。傘とは何であったか探さなかったツケが来ているのだ。


ある日人形町でゲリラ豪雨に出会った。傘がない人がずぶ濡れになっていた。幸い私は傘を借りていた。

若者よ夢を追え、一日おにぎり一個でも死にはしない。夢を抱いて寝よ、もっといい夢が見られるから。

雨よ降れ、不幸の洪水を泳ぎ切って見せろ、君たちがブータンの様な国をつくるのだ。



「百歳の富士山」を描いた百歳の奥村土牛は朝起きたらもっと絵が上手くなっているかもしれない、そう思っていたやもしれない、百歳の小倉遊亀も、百歳に近づいた片岡球子も同じであったはずだ。

徹底的に人のやった事をするな、命令されたら自分はコピー機でないといえ。若さとはオリジナリティなんだ。



江東区清澄の現代美術館で三十五歳の現代美術作家「名和晃平展」を観た。

素晴らしい、本当に凄い。年老いた自分が切なくなった。

そしてもっと切なくなったのが広く大きいその美術館の建築の酷さだ。



誰が設計したか分からないが「あーあやんなっちゃった、あーあオドロイタ」であった。

日本の現代美術家に天才、秀才、奇才が出始めている。


その日知人の娘婿である多摩美術大で油絵を学んだ三十二歳の若者がスーツにネクタイで私に会いに来た。

二歳の娘さんがいる。広告代理店に入れないだろうかという相談であった。駄目だ今やっている日雇いの仕事をしながらでも油絵を描き続けろ。絵の具を買う金が無かったらボールペンでも針金でも割り箸でもいい、とにかく死ぬ気で絵を描くんだとアドバイスした。若者はどんよりした目で来たがキラキラした目で帰って行った。


一つ宿題を出した。「ブータレるブタ」の絵を好きなように描いて出来上がったら又、ぜひ会おうと言った。

さてどんなブータレるブタが書き上がるか楽しみである。

2011年9月16日金曜日

「血」


あのねえ君、男はどんなに強がっても、イキがっても、スゴんでもね結局女性には勝てないよと老医師は言った。

男は大量出血を見ると体中に刺青を入れた親分も、小指を詰めたお兄さんも、プロレスラーみたいな男も意気地がないんだ。


そりゃ〜中にはとんでもない根性者がいて自分で自分の腸を持って来て、先生刺されたから縫ってくれなんていうのもいるがそんなのは希だ。ほとんどが先生助けてくださいとか駄目だ痛てえとか叫んで気を失うんだ。

その変わり女性は強いよ、特に出産を経験している人は少々の出血なんて全然大丈夫だから。



もう君、まったく持って勝負にならないんだよ。君なんか鼻血が出た位で会社休んだそうじゃないか情けない。

女性の上半身と下半身は別人格というが、宇宙人なんだよ。

何しろ十ヶ月お腹の中で生命を育て3000gもある生命をオギャーと踏ん張って世に出すんだから。


君に出来るか?出来ないだろう。敬意、敬服、神だよ。

ところで何だいこれ位の出血でわざわざ来るなんて。目の上なんか直ぐ切れるんだ。

放っておけばきっといつかくっつくと思うけど、34針縫うか。


え、麻酔ってか、意気地ないねやってほしいの?女性だったら我慢して家事や子育てしながら自分で治してしまうよ。

昔の農家の嫁さんなんかお産した次の日から働いていたんだぞ、え、俺は女じゃないってか、じゃあ男か。

男なら根性だせっていうんだよ。おっ、頭の中もかなり傷ついているんじゃないか。


何、頭は悪いからいいって、こっちの方が深いぞ、10針くらいかも。

喧嘩でもしたのか、今頃はやらないよ。何、女性にやられたって。頭はアイスペールで思い切り殴られた。

目の上はブタの貯金箱をぶっつけられたって、何故、え、旅行に行こうとして一生懸命貯めていたのを競馬でスッてしまったので頭にきたってやられた訳か。


情けない奴だねまったく。君はいくつかね、え、34歳?何やってんの、寿司屋の板前か。

包丁なんか持ち出してやり返すんじゃないぞ。よし麻酔をかけて縫ってやる。

痛いかって、別に痛かないよ麻酔をかけんだから。



私が知り合いの医師の処にある相談に行った時、私の目の前で行われていた会話です。

待合室では二歳位の可愛い女の子を横に座らせたスッピンの女性が長椅子に座っていました。

三人で遊園地のある温泉地かなんか行くはずだったのでしょうか。年に一度の藪入りですから。

知り合いの先生は決してヤブではありません。


私は女性には決して逆らわない事、優しくする事に決めています。

宇宙の起源だって分からないんだから。女性は神秘で怖い、それに血に強いから。

なんでも医学生の頃初めて人体解剖をする時、失神が多いのが断然男子学生で食い入る様に見るのが女子学生らしいです(余談でした)。

2011年9月15日木曜日

「ウンコからいい香り、シキボウの大発見。」


オーラルヒストリーの政治学者というと私など下世話な人間はオーラルセックスの政治的研究家などと誤解してしまう。

その学者のは「御厨貴」東京大学の政治学の教授である。オーラルヒストリーとは直接人と会って政治学に活かすらしい。


TBS日曜日朝六時からの時事放談の司会をしている。

本来中立でなければいけない学者がアッチに気を遣いコッチにも気を遣って骨のない魚みたいな番組を作っている。

朝日新聞に寄稿したり、読売新聞に寄稿したり、災害復興会議等の副会長をやったりとにかくビリヤード下手のスリークッションの玉みたいに方向が定まらない。


まるで教養のかけらもない苦虫をつぶした様な顔、その顔を見ているだけでこの国はお終いになってしまうと思う。

こんなちんけな腰に力の入っていない政治学者が政治家にアドバイスをするからいよいよ政治はオーラルセックスみたいに変形になってしまう。



こんな凄い物を開発する人達を見習ってほしい。なんと「糞尿の臭いをいい香り」に変えてしまうのだ。

紡績大手シキボウ(大阪市)が糞尿や汚物の臭いを良い香りに変える機能を持つ繊維「デオマジック」を開発したのだ。

介護やペット向けの商品への用途展開を検討するのだ。

同社によると人が不快に感じる臭い成分が香水などに含まれている点に着目、予め不快成分を除いた香料を作り出すことで汚物の臭いが変わりいい香りとなるらしい。


なんだかよ〜分からんがなんだか大発見らしい。

私の敬愛する文章家はやたらに「ウンコ」を連発する。あれは「ウンコ」だ、「あいつはウンコだ」もうこの世は「ウンコ」という風に一晩一緒に飲むと「ウンコ」の大放発となる。


これが「ウンチ」になると急にベチャとしてコロコロ固まり感がない。可愛い気がないのだ。

権力にくっついていて離れないオーラルヒストリー政治学者や政治評論家たち、飲み屋の水槽にへばり付いて離れない「タニシ」か「ツブ貝」みたいな存在だ。



魯迅曰く、「専門家とはたった一行で済む話を専門的にややこしく話す頭の悪い人」みたいな存在らしい。

さすがのお言葉だ。差し詰め魯迅が今の政治学者たちを論じたらなんというだろうか。多分「ウンコ」のひと言だろう。

その分析はきっと頭の悪いヨイショの御厨貴教授が「政治とウンコのオーラルヒストリー相対論」なんてタイトルで800頁位の立派な本にするだろう。


寺島実郎なんて時代感覚ゼロの襟の広いWのスーツを真夏でも着ている。

ノータリンのメモ読み評論家なんかは魯迅ならウンチクゼロな輩でお終いだ。



それにしても「こしでな、こしでな」あっ新聞の見出しを逆さまに読んだ「なでしこ」だ。

こればっかりTVも新聞も取り上げて大事な被災地の人々の事や、原発の事を消してしまっている胡散臭い奴たちだ、大マスコミはソロソロ静かになりなさい「こしでな」を、次に負けたら必ずボコボコにされてしまうんだから、日本国民たちはあの長嶋や王だってあれだけ、ボコボコにしたんだから。


魯迅先生はこんな事もいっている。

「中国人はいつもただの観衆だ」日本人もまったく同じいつもただの観衆で有り続ける。

被災地の人々や放射能の大被害を受けた人々の事を対岸の火事と思い忘れ始めている。


AKB48のコンサートには大観衆が集まり、その稼ぎは秋元康先生達のところに集まり、その金はみんな博打場に消えてしまうらしい。この国は悪夢に満ちている。

2011年9月14日水曜日

「とうしてと投資して」



もしもしネェー、とうしてとうしてこんな事になるの。

あなた詐欺師よ、大嘘つきよ、許せないあーんとうしてくれるのこんなの主人に知られたらもうおしまいよ。


と携帯電話を片手に部屋の中をウロウロしてギャーギャー喚いているのは「とうして」正しくは投資してありったけの財産を失った奥さんです。株への投資は勿論の事、安愚楽牧場の牛への投資、名水ビジネスへの投資、山林への投資、奥さんとうしてそんなに手を広げたのと聞いてもただただ泣きじゃくるばかり。



あの男のせいよあいつは悪魔よ、詐欺師よ、絶対訴えてやる。

朝から晩までパソコンの画面のグラフや数字を見るとやたら食欲がでるの。

料理なんかしている暇はないから炭酸系をがぶ飲み、ケンタッキー、ドミノピザ、小僧寿し、モスバーガー、釜めし釜寅、少しじゃ持ってこないから沢山オーダーするじゃない、もったいないから全部食べちゃう、飲んじゃうのよぉー、あー気持ち悪い吐きそうちょっと失礼。



ウェッウエッウワーとトイレの中で、出てくるとつけまつ毛は落ちそう、目から涙、鼻からは鼻水タラタラ、口紅は半落ち、もう何もかもスッテンテン破産よ、とうしよう(“ど”が旨く言えない女性なんです)主人がもうすぐ海外赴任から帰って来るのよぉー、ねえ「追い証」って何?それをちゃんとしないととんでもない事になるっていうの。


隠し金庫も貸金庫の中ももう空っぽ。「追い証」って恐い事なの、とうしたらいいの教えて、助けて何でもするから。

ビルも、洋風の家も、ベンツとリンカーンの4WDも箱根の別荘も手放し、私学に通わせていた二人の娘は退学。どうしてこんなになったのか投資には全く興味もなくお金も全く無くの私には別世界の話。

なにしろ10以上の投資に手を出し、20銘柄位の株を日々運用したりしていたらしい。



ある猛暑の日の昼下がり。

銀座のティファニー本店四階は一千万、二千万、三千万以上のゼロの数が数えられないダイヤの装飾品がズラーっと光り輝いている。私には四階は縁がないがトイレがその四階の奥にあるのだ。

なんでもゴッソリ買っていたティファニーの商品を一人の奥さんが引き取ってほしいと哀願している様だ。


四階は広くとても涼しくて汗がすーっと消えていく。その人以外誰もいない処に応接セットがある。

そこに座ったら冷たいお茶が出た。しばらく休憩していたら(図々しく)涼しいはずなのにかなり太った50歳位の奥さんが汗を一杯かいている。背中にたっぷり汗が付いている。誰かに似ていると思った。そうだデヴィ・スカルノ風だ。


とうして、とうしてが聞こえる。支配人風の男が対応している。

奥様、うちは大黒屋じゃないんですからと言っている。何処まで作り話かはご想像に。

投資にはご注意を、甘い物、甘い話の食べ過ぎには要注意を。実に恐い結果を後日知りました。とうしたか?

2011年9月13日火曜日

「スケベは高コレステロールのせい」


東京駅八重洲中央口から東海道線に乗車する時、夕刊紙と週刊朝日を買った。


40頁から41頁にまったり、ぐったりを元気づける事が書いてあった。

私はもう充分生きてきたので命の終わりを知った象さんがそっと静かに滝の中に消える様になりたいと願っている。

ただ人の命には最後に“狂い咲き”というのが用意されているらしいのでそれを楽しみにしている。

その時は狂乱の世界を描きたい。



幻冬舎を設立した出版社の風雲児はある本でこんな事を著していた。

「すべては一人の熱狂から始まる」と。さて、私に人を熱狂させる力は残っているかだ。

何しろ「親不知」を一度に二本抜かれた位で気も抜けた位だから怪しいものである。


さて、記事はこんな内容であった。「医療界の高田純次」こと日本の免疫学の大権威、

順天堂大学特任教授・奥村康69歳のお言葉である。教授はかつて「不老長寿」でなく「不良長寿のすすめ(宝島社新書)」を著している。原文のママご紹介する。絶対に死にたくないと思っている人は参考にして下さい。


「不良長寿」のススメ七箇条。

1、不良は仲間と出歩く。

2、不良のそばに、女あり。

3、不良はゲラゲラよく笑う。

4、不良は丑三つ時に暴れない。

5、不良は脳天気。

6、不良はなんでも程よく食べる。

7、不良の運動はちんたら、ちんたら。



69歳で30代より若いとは・・・自分を責めない、失敗は他人のせいに、コレステロールは高めに(高い方が脳の重要な栄養素ホルモンがよくできるからスケベで、頭がいいらしい。そういう人はNK活性が高い)コレステロールが高めで高学歴の人の痴漢が多いのはこのためかもしれない。



こんな面白い話もあった。

ある一人の余命わずかなおばあさんに金の延べ棒か、おばあちゃんこんなに残金があるからと銀行通帳を見せると、意識朦朧としていたおばあちゃんはパッと覚醒したとか。

あのきんさんぎんさんもテレビ出演の謝礼をもらうと、お互い相手がいくらもらったかを凄く気にしたとか(笑)。


どうしても気の進まない仕事は仮病を使ってでも誰かに譲った方がいいと教授は言う。



さてどうでしょう、永遠に生きていたい人は少しでも参考になったでしょうか。

私といえばずーっと熟睡したことが十数年ないので、ずーっと起きないことを毎夜願っているのですが。

ただコレステロールが高いので困ったものです。

かなりスケベな人かも?それはコレステロールのせいだと判り安心しました。



「テキトー健康法」を教授は進めているのです。

「過ぎたるは及ばざるが如し」よしと気合いをテキトーに入れたのです。

私の様な見た目からしてデンジャラスな人間は意外に意外なんです。極めて真面目チャンです。

俗に言うムッツリスケベ、コレを見抜くのは大変です。



お医者さんの検査データを見せて貰う事です。これからの婚活の必要条件だと思います。

離婚の原因にダマされたというのがとても多いのです。

男と女の騙し合いはいずれ血を見るかも分からないので充分に気をつけて下さい。


人間は男女ともに共通していてとても、かなり、すごく、疲れを知らない程スケベなのです。

それを理解し合った夫婦はずっと長続きします。その逆はほぼ別れるのです。

収入で別れるというのは意外と少ないものです。収入が増える程に心は離れはじめるのです。



性の不一致、即ちスケベ不足が未だに離婚原因の一位とか二位なのです。

性格の不一致という別格のがありますが性格が一致したらそれはお化けです。絶対ありえません。

高コレステロールが過ぎるとある日プッツンとあの世に特急列車で行ってしまいます。

その時は駅のホームで手を振る様にお別れしてサヨウナラ、元気でね?ありがとう、早く行ってくれと。

そして次の人を見つけて下さい。

2011年9月12日月曜日

「三遊亭金馬危うし」





先代三遊亭金馬の墓が荒らされた夢を見た。

というより起きたままなのでイメージしたの方が正しい。三遊亭小金馬さんも気をつけてほしい。



今は空前の金ブームとか、金高で十年前1000円のものが今は4000円以上とか。

でもって金歯も立派な財産なのである、成金も危ない、金田さん、金井さん、金村さん、金山さんなど金のつく人はくれぐれもお気を付けて下さい。もしかして純金を持っているのではなどと誤解をされますから。


人間追い込まれると何をするか分かりませんから。笑い話ではなくなります。

金筋のヤクザ者とか筋金入りなんていうのも気を付けて下さい。

ギャハハハなどと大笑いした時奥歯に金歯が数本、一本でも危ないのに数本となるとかなり危険度が上がります。

そのむかしといっても66年前、ナチスドイツは収容所でユダヤ人の金歯をペンチでバンバン、抜き取りました。

勿論麻酔なし。処刑のあと山のように金歯が積み上げられたおぞましい写真を見た気がします。



ゴルフ場のキャディーさんに何故か金歯の方が多かった気がします。

私がドライバーを打った瞬間OBですという。もう一度やはりOBです。

ボールが落ちてない内にOB、OBっていうなよ万が一セーフの場合もあるんだから。

私はココでずっとキャディーをやっているんです。万が一にも間違いませんと言われた。

まったく嫌みな金歯ババアだなと毒づくと午後のハーフは他の人に代わっていました。

総金歯だから相当な財産です。お元気でしたら気をつけて下さい。



彼からもらった金のネックレス、金のブレスレット、金の指輪、オリンピックの金メダルだって?

恐い人なんか金の時計とか分厚い金の判子、指輪。気をつけて下さいと思う。

腕一本とか指一本なんて金歯抜くより簡単に切り落とされ、詰められちゃいますから。

通りすがり金縁の眼鏡を盗られる事だってあるやもしれません。

金のバックルを売り飛ばしてズボンがずり落ちた人だっているやもしれません。

バックの鍵の部分が金で出来ていてそこを取り外されたバックは閉まりの悪い事になってしまった。

金杯で乾杯のはずがただのおちょこになるってケースも多くなる。


世界中が金、金、金だ。旅なら金沢へ、山に登るなら金時山だ。

金山金具店の看板から金メッキの文字が剥がされ「山具店」になってしまった、そんな話はまるで聞いてはいないが世界通貨不安の時代の先にあるのは何だろうか危険な臭いがするのだ。つまり戦争だ。中国とインドが買い漁っている。


我が家に金気は全くない。ゼロの終点だ。

国会議員の金バッチも選挙が近くなると危ない。売るなら今の内だ、落選確実の先生たち。



そう言えば大切にしていた家の将棋箱の中の金が四枚消えていた木製なのに何故。

後日仕業の主が判明した。

2011年9月9日金曜日

「芥川賞、直木賞終了宣言を」

文藝春秋をつくった菊池寛が、あくまでも想像だがこんな調子で喋って芥川賞と直木賞は生まれた様だ。

文藝春秋を売るために何か話題を作らないとならん、だからにして平賀源内が夏に鰻を売るために丑の日を作って団扇でパタパタいい香りをさせ人を集め、売った、あんな考えでだ。


純文学と大衆文学。未だ世に未発表のものと既に出ているもの、その中から未発表はいかにも純文学っぽい芥川龍之介にちなんで芥川賞。芥川は菊池と同じ年のはずだ。もう一方はやたらめったら書きまくる才を見込んで直木三十五賞だ。

それを選りすぐった選考委員に料亭かなんかでああだこうだ言わせて、それ自体をニュースに仕立て上げ受賞作や候補に上がった作品を文藝春秋に掲載し、そして書店で大々的に宣伝する訳だ。何しろ賞金は千円で家が一軒建つという時代の五百円だからな。勿論我が社だけが受賞ばかりするとアレコレいわれるので少しは他の出版社にもおこぼれとかお裾分けをするという寸法だ。

どうだいいいアイデアだろうなんて感じで生まれたのが芥川賞と直木賞らしい。

ちなみに第1回受賞作は、石川達三の「蒼泯」であった。堀辰雄という作家がある時こんな事を書いたらしい、あるいはいったらしい。芥川龍之介が自殺した時、芥川君は遂に自分の傑作を一作も書けなかったな。全ての作品に下敷き古史がある。という内容だったと記憶している。多分それは中国文学だと思う。

それ故中島敦と比べられるとそりゃ君、中島君と芥川君とじゃまるで差があり過ぎだよなんて批評家たちに言われたのかもしれない。「なんとなくぼんやりとした不安」みたいな遺言めいた言葉を遺して自殺した。ただ私が芥川龍之介が好きなのは小説家としてよりも行動するジャーナリストとして行動力を発揮し数多く取材し、社会に対する鋭い批判を続けていた事だ。


戦争が始まった時、詩人佐藤春夫は本当に嬉しかったのか実は本音を隠して芝居がかった事をしたのかその日は大好物の鰻を二度も食べたという。又、江藤淳の先輩でやがて大評論家となっていく小林秀雄も大いにやるべし的だったらしい。そもそも怪しいんだ人の作品ばかり批評する奴は、佐藤春夫なんて谷崎潤一郎の妻をこっそり手に入れ谷崎もまた同じような事をし、互いに今後は手を出さないと念書を交わしたというではないかその頃の文壇は毎晩合コンラッシュ。

誰と誰がどうなったかその先は本人達すらわからない程活気に満ちていたらしい。宇野千代なんて100歳近くになるまで尾崎士郎、北原武夫、東郷青児、ひょっとして梶井基次郎もしかして川端康成もなんて、今は出家したかつての文壇エロばあさんといわれた瀬戸内寂聴状態だったらしい。本人もそれを認め本に書いている。


「ひと目あったその日から恋の花咲く事もある、見知らぬあなたと見知らぬあなたがパンチでデート」なんて大人気番組と同じ、会ったその日、バチバチと来たらあるいはベロベロに酔ったらその横にという事だ。古今東西恋愛全てひと目あったその日から始まった。だからあの頃の文学は読んで読み応えがあった。文壇も燦然と存在していた。今は昔日の面影は全くない。


遠藤周作は原稿料が振込になったせいだと書いていた。むかしは今日は原稿料が入るシメシメとばかり判子を持ち出版社に行く。先生どうぞと封筒を受け取ると現ナマに手を出さずにはいられなくなり、一軒、二軒、又一軒とハシゴをし、恋をし、愛を重ねて文学を磨いたのだ。芥川の選考委員達の選評が文藝春秋に載っていた。この人には随分といい本(特に海外の短編)を教えて貰った、池澤夏樹先生が今回限りでもう辞めるというらしい。石原慎太郎先生の選評にいたってはもうどうしようも駄作ばかりと暗然とする気持ちだ、なんて書いている。


ようするにもう辞めた方がいいよという事なんだ。芥川か直木だが忘れたがあの林真理子(雑文家)や伊集院静(怪文家)や北方謙三(資料家)みたいなのが選考委員に入っている。もう完全にジ・エンド終わりです。


築地の料亭新喜楽で一階は芥川賞、二階は直木賞を選考する慣わしらしいが、冷めた出前(今や板前がいない)のギョーザや春巻きやシュウマイや焼きそば等が出るのだろうか。私が知人にご招待された時は全て冷めた中華だった。

選考委員会の予算は一人五万円と聞いたから当日はどこぞの有名店の懐石か何かだろうか。が正しくは分からない。


先日茅ヶ崎駅前の長谷川書店に行くと直木賞の「下町ロケット」というのが書店に平積みされていた。

馴染みの女性店員に売れてる?と聞いたらぜーんぜんだって。読んだの?って聞いたら腰巻きだけだって。

今年買った本は二冊のみ、一本はスケベ医者作家の「天上紅蓮」(コレは文学ではなく資料として、あるいは後白河法皇の精力絶倫のコツを知りたくて)と松浦寿輝の「不可能」これは絶品というか目の付け所がシャープでしょというか実に言葉の宝船、詩的星座、イメージの奔流であった。又映像や美術、建築、ファッション等のアイデアの発見書であった。


読む程に文字の仕業が妖しく迫ってくる。1890円の価値大なりだ。一人の美しい若き天才建築家に送るために二冊買ったのだ。何故なら三島由紀夫を愛読しているのを知っていたからだ。三島を読んでないと興味が沸かないかもしれない。

もし三島由紀夫が死なずに首のない平岡という年老いた無頭人としてひっそりと生きていたら。面白そうでしょう。

大磯の敬愛する読書人には電話した、この御仁なら三十分できっと読み切るでしょう。感想は浅草でどじょうを食べながらという計画となった。



2011年9月8日木曜日

「ワコール人間科学研究所のデータ」

※写真はイメージです

現代社会に於いて最も恐怖心を与えられるのは見た目が恐い5060代のいわゆるシニア世代です。

1996年から延べ四万人を対象に日本人女性の体型を計測してきた「ワコール人間科学研究所」の切ないデータです。


1、バストは下垂れし、脇流れする。

1、アンダーバストの位置が低くなる。

1、ウエストから腰部にかけて太くなる。

1、腰部全体は大きくなる。

1、ヒップ下が小さくなり扁平になる。

1、太腿が細くなる


うわーいやだ。と思ったシニアは逆襲に出ます。

亭主のお小遣いは一ヶ月三万以下にし、後は自分に投資です。姿勢サポートで締め付け軽く、凸凹を隠すのです。

そしてひたすら投資です。エアロビ、スイミング、エステ(各種)ネイル、まつ毛。


次は肩甲骨の周りの筋肉を支える上半身のブレを少なくする「動く姿やわらかシャツ」へ15,000円。

股関節を支え安定させる。お腹を包み込むよう後から前布を高くした設計の「かるやかガードル」11,340円。

背中、お腹、お尻の三点をやさしく支え、姿勢をシャンとさせる「姿勢しゃんとブラキャミ」10,290円。

仙骨をサポートし、綺麗な姿勢を意識させる。太腿裏側と膝下の筋肉サポート「姿勢キレイ6分丈ボトム」5,755円。

脇から背中にかけて段差が付きにくい。幅広の肩ひもでバストをしっかり引き上げる「背中キレイブラ」2,100円。


あるシニア女性がその日買った上半身身に付け用の品々です。合計44,850円。

更にヘアメイクという土台が悪いのにしっかり難題に取りかかり、そして更に下半身への投資となると一ヶ月に大変な出費となるのです。


修繕不能でも修繕したがる女性の心理には全く頭が下がりません。モッタイナイアキラメナサイです。

花よ蝶よの世代は1626歳の十年、次の2636歳は情緒不安定世代、3646歳は悔しい、あの娘より全然若くて美しかったのにの懐古世代(本当は全然違うけど本人は皆そう思う)そして4656歳、更に5666歳もう諦めるにも諦められない。


オトーフの様にプヨプヨの肌、煮込んだおでんの様な弛んだお尻、ぶるんぶるんする下腹、だらりとしたバスト、大きなブドウの様な乳首、ヂギジョー誰だこんなダカラじゃないカラダにしたのは。その相手はきっと隣で大イビキで寝ているのです。

毛は薄く、カラダから筋肉は逃げ去り、お尻はぺったんこ、ああ、あんなに格好よかったのに。加齢臭は布団に染み込んでいる。こうなれば金に頼るしかない。


私の会社の側はエステ、まつ毛、リンパマッサージ、ネイルサロン、ヒップアップオイルエステ、台湾、中国、韓国、もうそんな名の店だらけ。本当の店は会員制で高級マンションの中でプライバシーをしっかり守っているらしい。

15分、20分、25分、30分とコースが出ている足裏マッサージもある。涙ぐましいのです。


シニア世代よ家に帰ってお金を掛けた物を全部外しお風呂でお化粧もまつげも外して出て来たらどうなるか。

ウワー、ギャー、お化けだーとご主人がバスルームの側で倒れてしまうのです。


人間何事も諦めた方がいいという事があるのです。「花の命は短くて悲しきことのみ多かりき」なのです。

ウワー出て来ました。そのむかしは食べちゃいたい程可愛かったのに。


ちなみに2070代まで今何が受けたいか、若しくはお金をかけたいかの答えは圧倒的に「エステ関係」であった。

一回10,00030,000円までならOKだそうだ。叱られるのを覚悟でいうと外人のエステティシャンにとってお客さんは「オイルマネー」だそうだ。上客はビッグマネー、中客は中トロ、その下は漬け(マグロのしょうゆ漬け)とか中落ちと呼んでいるところがあるらしい。


これらは日本人でなく中国、台湾、韓国、タイ、インド式アユールヴェーダ系。

日本人のエステティシャンは決してそんな失礼な言い方をしない。ひたすらお客様に尽くすのです。

せっかく行くならよくよく調べて日本人の処へ。

2011年9月7日水曜日

「マツコスラックス」

                    ※こんなのを毎日食べるとマツコみたいになりますよ

マツコデラックスという怪物、怪獣が画面狭しと出ているアッチコッチに。


本人の話ではあのキムタクこと木村拓哉と千葉県立犢橋高校で同級生であったという、聞き慣れない名である。キムタクこと木村拓哉は余程千葉というのが嫌らしく東京にこだわっている。マアそんな些細な事はぶっちゃけどうでもいいんでがんす。


私の友人である一人のファッションデザイナーがジンジャエールを飲みながらおもしれい言葉を発した。少々オカマ系の男・女なので言葉が怪しい。

俺ようマツコデラックスのマツコスラックスを考えてんのよオ、もしかしてあの超ブーデというか爆発寸前のカラダしている男・女もさー、巨大マタニティみたいな巨大ポンチョみたいな服じゃなくてさぁ、スラックスなんかきっと履きたいと思うのよォ、これって結構ヒットするかもよォ、どう思う?ちょっと意見聞かせてくれよ(突然男らしい調子に)。


で、おスモーさんだって引退したらちゃんとスーツ着るだろうから全然ウケネエじゃないのかい?マツコデラックスとマツコスラックスのただの語呂合わせでおしまいだよ。

そりゃそうだ、じゃやめとくわ。


じゃあさ、ミッツマングローブっていうグローブなんか売れそうじゃないか。

かなり大きめなグローブだからエラーが少なそうだし、草野球のオッサンたちに売れそうじゃない。花柄とか水玉模様とか可愛いグローブなら持てそうでモテナイオッサン達に受けそうじゃん。阿呆かお前そんなでっかいグローブで野球が出来るか。

ミッツマングローブのオジサンの徳光和夫なんて野球狂だよ、怒って頭がプッツンしてしまうよ。そうでなくてもあんまり仲良くないみたいだしな。

ヒットは難しいか、浅はかなんだよ、お前みたいな男だか女だか分かんないのは。


じゃあこんなのはどう、真っ直ぐのはずなのにお辞儀しちゃうボールを投げる日本ハムの斉藤裕樹ファンに、マッスルな真っ直ぐサポーター。貴方を一段と立てマッスルっていうサポーター。阿呆かお前は、そんなもん誰が買うか、ムレムレしてキュークツで生きてられるか。


あたしさあサッカーのサポーターってみんなサポーター付けてるんかと思ったのよ、ダカラ相当な数じゃん。ああーもう頭痛い、今日はここまでで終わり、お前近々死ぬか生きるかの病気になるかもしれねえぞと言った一ヶ月後、朝起きたらぽっくり死んでしまいました。

享年63.5歳。日頃からかなり不整脈が合ったと聞きました。私もそれを聞いて胸がドッキンドッキンしたのです。人の死がかなりの確率で当たるのです。

2011年9月6日火曜日

「深夜2:50の事」


この頃すっかり見たい番組がないという言葉が巷で広がっている。


食べ物の値段当て、集団クイズ、集団で何か挑戦、投稿ビデオ、オカマの超デブやニューハーフやオーディションで集めたセミプロの自称有名大学生たちのイジリトーク番組、お笑い芸人イジメ等々低予算で作る低脳バラエティーのてんこ盛り。



人間はどうしたら阿呆と馬と鹿になるかの生体実験、そしてその実験は成功したかの様に思われていたが実は人間は少し賢かった。


低能な番組制作担当プロデューサーのもとに有能であったが低能にされた外注制作プロダクションのメンバー。大相撲の八百長と同じで全てのバラエティ番組は台本が用意されている。

それはそれで仕方ないがその質があまりにおそ松君なのである。


お笑い芸人の半分位は大なり小なり「鬱」状態。自分の将来が不安なのだ。

彼等は本来は実にまっとうで勉強熱心で真剣で教養人なのだ。吉本系、ジャニーズ系、浅井企画系、島田紳助系、ビートたけし系、明石家さんま系、タモリ系、志村けん系、和田アキ子系などなどに系列化されている。


夜の竜士町オカマバー、そこはある系列の溜まり場、どんより暗い店内、深夜三時、大きな怒号が飛ぶ、テメーアイツとアイツと親しくしてんじゃねぇぞ、オイオラわかってんのか、オメーラみんない一束なんぼの芸無し芸人だっつうの、分かってんのかよぉーバーカなんてボスに叱られている半土下座体制ですいませんすいませんと平謝り。

テメェー今度アマゾン奥地でワニを捕まえる番組とかピラニアだらけの河に落ちたらどうなるかなんてヒデェー番組に出させるぞ。なんてもうベロベロ酔っ払い状態。オカマのママがハンカチで涙を拭いてあげながら、ね、あやまんのよ、がまんよ、ピラニアなんて一匹二匹なんて恐くないんだから、フライにして食べましょ。ボク、アマゾン行きたくない、ワニ恐いです。大丈夫よワニなんて、とっ捕まえてカバンやバンドや靴やお財布にしましょう。お肉だって結構美味よ美味。ボク国にもう帰ります。アッタシもう我慢できない。限界の頂点です。



この間なんかとんでもない山の頂点から谷底まで飛び降りさせられたのです。

恐かった、コウモリの大群の中に降りるんですよ。国のお母さんから泣いてもう帰って来なさいって電話があったんです。これでも国大出てんです。ボス登場何二人でメソメソイソメみたいになってんの?オレなんか何して来たかわかってんの?アヒルになったりカメになったり、電線に止まるセミやってたんだよ。オラオラ泣きいれんじゃネェーよ。

なんて会話だか乱話が延々と続く。冷静なる私はやや明るい場所でシコシコと書き物をしていたのだ。


まあ決して形にならないシナリオを書いていた。

テーマは「日本一を目指すまっとうなビンボー芸人」最後はアホー鳥になって金の卵を生み出すというオチだ。その取材のためにその店にいたのだ。私は東京に泊まった時は様々なネタ探しをするのだ。行動は必ず一人。連れがいたら絶対駄目、集中出来ないし相手への気遣いをしないといけないからだ。


ある大きな会社の会議室。

なんだこの低視聴率は、えっいくらなんでも2.7%はないだろう。

打ち切れ、打ち切れ、我が社にこんな低俗、低能番組はふさわしくないのじゃいオー、こんならわかんとのかいオーと急に仁義なき戦い風の広島弁になってしまったそうだ。その席に居た人とおやすい御用のお寿司などをつまみながら話は続いたのです。


私が尊敬する江頭250はいよいよ神の領域に入りましたねなんていうとボスはポッカァーンとして居りました。今私の低能な頭の中はイエス様、江頭250+その父君の江頭245様でいっぱいなのだ。


どの系列に入ってもいないし、凄いインテリで凄い映画マニアだし、きっとアホー鳥の金の卵を岩陰で生んでくれそうだし。

2011年9月2日金曜日

「久々にさすが」


久々にあの野坂昭如氏の一文を新聞で読んだ。

なかなかに的を得ていた。

ヘボな新聞記者やアホな評論では書けない戦争焼け跡派ならではの一文であった。


要約すると敗戦となり戦災孤児がゴマンと焼け跡にばらまかれた青空がやけに美しかった。

だが何か救いの空気があった。それはもうB29は来ない、空襲もない、焼夷弾もない、原子爆弾も落ちない、そんな気持ちであったという。


だが今度の大地震、大津波、放射能には救いがない終わりなき戦いである。

いつまた大地震が来るやもしれず再び原発から大量の放射能があふれ出る。敗戦後の日本政府の方が今の政府よりずっと動きがよくあらゆる手が打たれていたと。今の政府の在り方はまったく政府になっていない。戦後66年の砂上の楼閣であると。B29が来る可能性より遙かに大地震の方が起きる確率が高いのだ。


敗戦後は日本中が一つになって復興を目指し、隣同士が飲み物、食べ物を分け合い、励まし合った。青空の下に希望があり笑顔が生まれたのだと。しかし今は東北の地以外ではほとんど何事もなかった様に生活をしている。あの人達はついてなかった。我々はついていたんだ、仕方ない、しょうがないんだ。結局、見たいTVを見てケータイやパソコンを使い、食べたい物を食べたいのだ。だが電気がひとたび消えた瞬間、なんだなんだとなり突然計画停電となり、又、なんだなんだとなる。


外国の胸先三寸で我々の国は生かすも殺されるのも相手次第となる。

忘却は人間の力だが我が国民は嫌な事は忘れろと平和らしきものをたらふく味わっていたのだ。と、こんな内容だが野坂先生が書いたものはもっと鋭く、強く、深く、警鐘に溢れていた。



野坂先生、大島先生、そしてあのミスター長嶋茂雄もリハビリに励んでいる。涙ぐましい努力だ。歩く、掴む、持ち上げる、漕ぐ、体が固まらない様一日も欠かさず行っているのだ。この国にリハビリは出来るだろうか。


食べ過ぎたら肥える、飲み過ぎたら体を壊す、何事も過ぎたるは及ばざるが如しだ。

健康のためと60過ぎてジムでいろいろやりすぎたオジサンがバーベルを挙げながら心臓発作で死んだ。プールで泳ぎ過ぎて71歳のハードなエアロビスク(有名トレーナー)をしていた女性が酸欠状態で死んだ。


リハビリ不要状態である。すでに命がないのだから。

この国も無計画にやりすぎた。設計図のない建築だ。もはや国中の筋肉や気管がスカスカになっている。歌舞伎などに使う美術用の松の木ハリボテと同じだ。


海老蔵はリハビリ可能だろうか。答えは100%NOだ。

近々新橋演舞場に海老蔵を観に行く。何故ってファンだから不安なんです。


世の中で一番難しいのは別れようと決めた男と女性のリハビリだという。

まず成功したためしがない。血を見ないと納まらないケースが多い。歩いても、走っても、泳いでも、腹筋しても、バーベル挙げても何をやっても元には戻らない。


方法論はただ一つ、それが知りたい男女、恋人、夫婦は近々出す私の「誤算婚」という本を買って読むしかない(現在最後の修正中)。寝ながらでも読める。


いみじくも小学校三年生の孫が今、割り切れない余りなどを学んでいるらしい。

人生は誤算に満ちている。なおかつ計算通り割り切れない余り算なんだ。


学生時代から愛し合っていた夫婦が結婚二十七年で離婚したいと相談してきた。

原因はなんだと聞けばずっと誤算続き。割り切れない事ばかり、まさか両親の介護をするなんてと妻の方が言えば、それが君が隠していた本音の姿だよ、実際は冷たい女なんだ、すこしばかり美人だなんていわれて調子乗ってんじゃないよ出ていけー、とお中元で頂いたカルピスを顔にかけた。初恋の味カルピスであった。


大きめの氷が目の下に当たって少し血が滲んだ。友人はそれを聞いてひと言、お終いねと言った。何があっても男は女性に物を投げつけたり、暴力はサイテーだと。そうなったら絶対お終い、永遠にジ・エンドよ最悪よ。



嫉妬深い男なんてだめ、家庭内ストーカーでしょサイテーよ、サイテーだと。

来週又オレは一週間近くホテル泊まりだ。

「サザエさんへの暴力」


君たちは何だってそんなに徹頭徹尾、ガードを固めているんだい、いくら身を守るためといいながらやり過ぎだよ。


鮑をこの間送っていただいた。何しろ中々開かないので割れ目にドライバーを入れてトンカチでメリ込ませやっとこさパコッと口を開けた。その折り指を少し傷つけた。


その日段ボール一杯のイガ栗が届いた。有り難い心遣いに感謝だが機雷のようなトゲトゲがバリバリにバリケードをつくっていてどこから攻めていいか分からない。

しかたないからやっぱりドライバーを出して思い切り叩き続けたらいきなりパコッと空いた。突然の完全降伏に驚いた。急所をついたのだろうか分からないがその時指の先を傷つけた。


全く同じ様な形体をしている海のイガ栗みたいな雲丹を送ってもらった、こちらは生きたままで無数の針がウニョウニョと動いている。生殺しをするのは何か可哀相だが同情していては中身にありつけない。既にご飯は炊きあがり海苔の準備も出来ているのだ。

やはりドライバーで殺雲丹をした、この時プスッと指を二カ所傷つけた。


江ノ島神社にお参りした後「貝作」という昔からあるお店で栄螺を5つ買った。

家に帰り解体にかかったがこれがもう絶対に降参しない。三個は火あぶりの刑に処していた。いい香りがし、白い泡をゴボゴボ出し始めお醤油を入れると一層香ばしい。後は三つ葉をのっければお料理完了だ。刺身にしようとしている方は結局ドライバーとトンカチだ。それでも中々開かない。仕方なく家の外の道路の上で巨大トンカチを持ち出して惨殺した。あたり一面粉々であった。この時かなり深手の傷を負った。



その日胡桃を送ってもらった。これが堅固かつ断固たるものであった。

頭からといってもどこが頭か分からないのでゴロゴロさせながらバカンとトンカチで殴ったらストーンと外れて遠くに転がって行った。待ちやがれ観念しろともう一度殴ったが同じく転がった。仕方なく左手人差し指と親指で挟んでガーンとやったら思い切り人差し指を殴ってしまい痛えーと叫んだ。指は腫れ上がり爪の間に血が滲んだ。


そこにヒョコリ友人が来て胡桃はここの横をこうすればと小さなドライバーでいとも簡単にパッコリ割ってしまった。まるで脳みその形をしている胡桃の中は小さな部屋の様に分室されている。何でだかわからない。


美味に出会うには、ドライバー、トンカチ、出血の三点セットになるのだ。

最後につぼ焼きにしていた栄螺の内臓の先っぽの黒い部分がちょん切れてしまった。コレを食べなければつぼ焼きにあらずと中をほじりほじりするがすっかり奥に隠れてしまっており捕まえられない仕方なし、やむを得ずとドライバーとトンカチの出番だ。

悪戦苦闘新聞紙の上は修羅場と化し、無惨な中から黒いのが出て来た。手こずらせやがってなんては決して言わない、何しろもうくたびれちゃっていたのだ。


人間もこの物たちの様に強い意志を持ちたいものだ。

馴染みの魚屋さんに行ったらいいとも簡単にパコンパコン開けていた。勿論ドライバーもトンカチもない。八百屋さんに行ったらあっという間に栗を開けた。その早いこと、勿論出血はなし。


それにつけても我が身の意志の弱さよたった一週間の禁酒が出来ず五日目でギブアップしてしまい禁じていた分六日目の酒はすこぶる美味しくトータルで一週間分位を一晩で飲んでしまった。

2011年8月31日水曜日

「夏も終わる富士見町公園」

教師のトンデモイケナイ行為が止まるところを知らない。

孫娘を持つグランパとしては心配でならない。盗撮、わいせつ、淫行、痴漢・・・。


四月以降だけでもざっと書くと、四月、東京中学校教諭(47)下着泥棒、教頭小学校臨時教諭(31)校内にて強制わいせつ、神奈川小学校臨時教諭(25)未成年淫行、大阪小学校校長(52)女性教師二人にセクハラ。


五月、長野中学校教諭(41)未成年淫行、神奈川中学校教諭(51)女子バスケ部員九人にわいせつ、長崎国立中学校教諭(38)中三男子にわいせつ、京都小学校校長(59)教室で女児のスカートの中を盗撮、岩手中学校教諭(37)未成年淫行、静岡市立中学校教諭(32)女子大生に路上で強制わいせつ。



これらはほんの氷山の一角。七月、八月ともう恥ずかしい事、いけない事のオンパレードの教師達の姿だ。教師を見たら性犯罪者と思えと言っている人もいる。



そういえば七歳の可愛いウチの孫娘の運動会に望遠レンズを持っている教師風の男達が沢山いた。まさかオメェセンコーか、オメェマサカ性犯罪者だろとは聞けない。


私の住んでいる処に幼稚園から高校まで男女共学の一貫校がある。

私の家の前は富士見町公園という小さな公園だ。暗くなるとよく男女の学生が一組、二組とベンチで青春をしている。が、しかし時々まったく不釣り合いな男女がいる。大人と女子学生だ。


アロハにビーチサンダルでコンビニにちょいとビールとセロテープと封筒とついでに肉まん一個とみたらし団子四本なんか買いに出て公園を斜めに抜けると、ベンチで女性学生がシクシク、あるいはエンエン、あるいわバァーと泣いている。大人は手で肩を覆ったり、女子学生の前に跪いたりして何やら説得やら言い訳をしている様だ。男の黒い鞄を見ると多分教師か教育関係者だろうと思う。


コラッセンコー何生徒泣かしてんだ、まさかスケベな事やイケナイ事やったんじゃネェーだろうな、なんて事は決していわずビーチサンダルの音を立てず、そっと静かに家の中に入るのです。


ベンチにいる大人と女子学生はほぼスポーツ関係、大人はジャージが多い、テニス、バスケ、水泳、バレー部などだ。若い先生は発達上々のムンムンしている女子学生を毎日見ていると家で待ってる、ウルサイ、ダサイ、ムサイ、小遣いくれない、何かとシツコイ、そんな薄気味悪い西川史子風とか泉ピン子ふうとか磯野貴理子風とかマツコデラックス風とかのカカアの元には帰りたくなるのでしょうか。先生と先生との職場結婚は圧倒的に多いのです。

何しろ給料がいい、休日同じ、春、夏、冬休み有り年金バッチリだから。


初恋の人は先生という女の人も多い。桜田淳子の「それはセンセイ〜」だ。

はじめての浮気が教え子というのも目茶苦茶多い。


この間私が時々行く夜の店のママに焼けぼっくりに火が点いて今は狂気の桜状態で、つまり狂い咲きしている。そうです、ある夜店に初めて体を許した中学三年生の時の先生が店に偶然?来たのです。もうどうにも止まらない二人に店長はお手上げです。


実はその元先生は教え子にストーカー行為をし、脅し、呼び出し、とんでもないイケナイ行為をして退職し刑務所を出て来ていたのです。それ故元教師なのです。

ママのくせには意外とオボコで先生に今は色んな事を教えられているのです。

お客はガクッと減ったそうです。何しろママが店に出て来ないのです。

いよいよ近々私の出番が来そうです。店長から自宅に電話が入ったのです。

2011年8月30日火曜日

「デリバリー、バリバリ」

先日五反田で日本最大といわれるデリヘル嬢の斡旋会社がアウトになった。

デリヘル嬢の登録数はなんと1800人とか。その中心はOL、女子大生、主婦などが多数占めていたらしい。


つまりあなたの目の前にいる教授、先生、坊主、判事、弁護士、政治家、上司、同僚、友人、先輩、後輩、医師、官史、部長、課長、係長、店長、社長、会長、隣人、検事、刑事、自治会長、PTA会長、教育者、小説家、新聞記者、デザイナー等のカタカナ職業、異常者、変態とありとあらゆる人々が利用していたのだ。

その逆にあの女性もあの奥さんもあの女子大生もまさかと思っていたあの方もデリヘル嬢だったなんて凄い事になってしまった。



デリバリーサービスはドミノピザとか釜飯とか寿司とかと思っていたがデリヘルとは家に行ったりマンションやアパートだけでなくその場でいけない事をしていたらしい(いい事かもしれない?)


一万円が欲しい、二万円がいや五万、いやいや十万二十万揃いであのブランドが欲しい。しつこい恋人と別れたい。

海外旅行に行きたい。ミルク代が養育費が学校が月謝が生活費が。ダンナガリストラされてサラ金に追われている。

などなど1800人分だけ訳がある。


いいじゃない、したい男とそれを満たして稼ぐ女性達。

例えばヒモみたいな男や酒ばかり飲んで何もしない亭主、そのくせしつこく求めるただのりの乗客、その方が余程タチが悪い気がする。ま、斡旋屋が中抜きしてどえらい稼ぎをしているのは許せない。なんだかよく分からなくなってしまった。

いいんじゃないのと、とんでもない。駄目だよがギッタンバッコンしてしまった。


知り合いのある小企業の経営者は奥さんを癌で失い、二度目の奥さんも癌で失った。子はなく、ヤル気を失って会社は傾いてそして終わり。周りにいた取り巻きはみんな離れていってしまった。そんな時に社長を勇気づけ励まし続けてくれたのは一人の体を張って生きている美しい女性だった。社長は通い詰め傷ついた心を癒してもらった。


聞く度に純愛の様でありそしてやがて本当の愛となりグアム島で二人だけの結婚式を挙げた。

グアム島ではあまりの若くて美しい花嫁といくつ離れているか分からない小柄でか細い夫とのギャップに話題が集中したという。私はこういう話がとても好きなのである。本当の結婚とはお互いの足らない部分を補い合うのだ。職業なんか関係ない。

高学歴同士や家柄の高い同士、高収入の夫婦の方が圧倒的に離婚が多いのにはその理由があるのです。


街を歩いていて一年に一度も美男美女のカップルに出会う事はない(それ故自分にもチャンスがと思ったりする)

特に外国人と日本女性のカップルで美人に出会った事は今まで一度もない。おにぎりひとつ三角形に握れない、パンにハムを挟むだけのサンドイッチも作れないゴーマンな女性に未来はない。あるのはデリヘルに登録する事くらいだろう。

話は飛躍してしまった。