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2013年10月4日金曜日

「あしたのショー」



イタリア映画の全盛期があった。
数々の名作を生んだ伝説の撮影所「チネチッタ」に行った時、感激で身が震えたがその頃既にチネチッタは殆ど映画を製作をしていなかった。

今から丁度五十年前、1963年にフェデリコ・フェリーニの名作「8 1/2」が日本で上映された。その映画を久々にレンタルして観た。
先日青山のワタリウム美術館で「寺山修司」の展覧会を観た。
天才か怪物かといわれた寺山修司がNo.1の映画に「8 1/2」を挙げていたからだ。

寺山修司が47歳で亡くなって30年になる。
それを機に再び寺山修司論が再燃し、記念イベントが催される。
五十年前の「8 1/2」を観ると寺山修司が如何にこの作品の影響を受けたかが分かる。
また、後にヌーベルバーグといわれて出現した映画人がこの作品から学んだ事が分かる。

マルチェロ・マストロヤンニ、クラウディア・カルディナーレ(この人の大ファンだった)が素晴らしい。音楽はあのゴッドファーザーの主題曲を作った、ニーノ・ロータだ。
 
アカデミー賞にノミネートされたがやはりハリウッドはイタリア映画にその賞は渡さなかった。結局外国映画賞でお茶を濁した。余りに凄い作品なのでハリウッドのドンパチ、ヒーロー、ラブロマンス映画人には理解不能だったのだろう。

寺山修司は引用の天才でもあった。
芸術はすべからく模倣と引用から生まれるのだから、何と何と何の引用を結びつけて一つの作品にするのか、その「何」を見つける感性の天才でなければならない。
明治から大正期に世に出た大作家、大文豪たち(夏目漱石、森鴎外、中島敦、谷崎潤一郎、井伏鱒二、芥川龍之介などなど)全員如何にして外国の文学を取り入れて誰よりも早い者勝ちを目指して分解引用の作業をした。

現在最も売れる作家の一人、村上春樹も引用の天才だ。
その村上春樹も青山の寺山修司を訪れたという。引用は別名パクリというのだが、パクリがちゃんと出来る様になるには大変な努力がいる。

8 1/2」は140分の作品だが映画学校四年分以上の事が学べるだろう。 
DVD1本わずか200円で。現在は過去の延長上であるのだから何かに悩んだ時は過去に学ぶ事が正しい。カコ、カコ、カコとカッコーの様に鳴きながら過去を漁りまくるのだ。

寺山修司さんの詩「この世でいちばん遠い所は自分自身の心である」、もうひとつ「消しゴムがかなしいのは いつも何か消してゆくだけで だんだんと多くのものが失われてゆき 決して ふえることがないということです」詩人、劇作家、演出家、競馬評論家、アート、美術、短歌、時に殴りこみ。何もかも天才的であった。

ボクシングをこよなく愛した。
「あしたのジョー」の出てくる「力石徹」の葬式を出した。
マンガの主人公を本気で愛したのだ。

近々元サントリー伝説の制作部長若林覚さんが館長をしている練馬区立美術館で「寺山修司とあしたのジョー展」みたいなのを催すと聞いた。
ちばてつやさんの原作が見れるらしい。楽しみだ、絶対に行かねばならない。

さて、今夜は十月になって二個目の井村屋の肉まんをパクッと食べる事にする。
「あしたのショー」のために。人間が生きている毎日はショーなのです。
観客はピエロの様な自分一人。

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