男は頭を前後左右に動かす。
隣のオジサンにもたれかかる。オジサンはせっかく座ったグリーン車の席を立ってしまう。
つっかえ棒のなくなった男空いた席にズ、ズ、ズーと倒れ込む。
靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、白いワイシャツを脱ぐ。
目はずっと閉じたままだ。
肌色のVネックの半袖シャツになった。
東海道線小田原行きに新橋から乗車した。二階建てグリーン車はほぼ満席、私は下の方に空席を見つけてそこに座った。
後ろから四席目、通路側、窓際にエビスの缶ビールを飲む初老の紳士、通路の向こう隣にスマホを見ている34・5歳の女性、私の前席の窓際に何を飲んだのか、35・6歳のスポーツやってた風のガッツリした男。この男がグデングデン、グニョングニョン、ウ、ウェーギモヂワルイなのだ。
品川、川崎間で隣のオジサンはぶっかけられたらたまらんと立った。
その横の通路に立っていた男は、シメタ座れると思ったが、グデングデンの男が空いた席を上半身で塞いでいる。
斜めになった体、裸足の両足、すっかりワイシャツは脱いでしまっている。スマホを見る女性がその男をチラチラと見る。
最低にして最悪という顔をしている。
ウ、ウ、ウーと言っている内に横浜に着いた。と、その時男はどどっと席から滑り落ちた。降りる人がアホ、バカみたいに見下ろす。
列車が走り出す。スマホを見ていた女性は他の空いた席に移動した。
そこに何も知らない27・8歳の女性が座った。
この女性もすぐにスマホを見ている。
アー、ウェーと男がスキマから体を起こして、女性のところにぶっ倒れた。キャー、ギャー、ヤメテェー、イヤーと大声を出して立ち上がった。
誰が告げたのか、列車が戸塚駅に着くと、駅員二人、乗務員一人が来て男をズルズルと引きずってホームに出した。
上着やら靴やら靴下、ワイシャツ、茶色の鞄を乗務員が持っていった。男はホームにコの字のようになっていた。
ずっと目は覚ましていない。もしかしたらあのまま死んだのかもしれない。
男がいた席から酒の臭いが立ち込めていた。
10年振り位に出会ったシーンだった。何があって、何かを飲み過ぎたのだろう。きっとシラフの時はやさしくて、控え目で、きっといい男なのだろう。
友だちになりたいなと思った。
〝飲んだら乗るな〟そんな交通標語を思い出した。
時計を見ると夜十時半を少し過ぎていた。クリスタルカイザーのペットボトルが転がっていた。
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