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2018年2月7日水曜日

「店の主人が、店のお客」

昨夜九時半頃、海風が南から北へ向って少しだけ吹いていた。
その風は腹が減ったなと思っていた私の鼻に、ヤキトリを焼くあの独特の香りを乗せていた。万有引力の法則は、男と女が引き合うよりも強く私をヤキトリ屋に引き寄せた。
駅から徒歩約5分。
もうずい分と来ていないなと思いながら、ヤキトリの煙の中に入った。カウンターの右隅に若い会社員、四人掛のテーブル席に少しファンキーな若い男と女性。
二人は並んで座り天井のやや下にとりつけられている小さなテレビを見ていた。マツコデラックスがコーヒー通の男と何やらコーヒー選び談議をしているようだ。
私はカウンター(六人位座れる)の右から三番目に座った。
つまり若い会社員は席を一つ空けたところにいる。一つ空いた左の席を見ると、アレ、アレ、いつもヤキトリを焼いている店の主人が、ベロン、ベロンに酔っているではないか。
薄茶のチノパンに、青と赤のチェックのブルゾン(?)白いダウンのベスト。
メガネのツルが耳から外れている。オジサンどうしたの、はじめてだな主人がお客になって飲んでいるのを見るのは、と言いつつマフラーを外し、オーバーコートを脱いだ。
ヒィック、ヒィックしながら、オスサシビリ(多分お久しぶり)中ジョッキの中には、レモンの切ったものしかない。テーブルの上に一万円札が二枚。
オコラリシャテンノ(多分怒られちゃってんの)ビューインニキョウエッテケタノ、オカネハラウカラナ、(多分今日は病院に行って来た、飲んだ分はちゃんと払う)夕方からずっとヤキトリを焼いていたであろう。
顔中に脂汗を浮き出した奥さんが、無言で私の頼んだレバー、ハツ、ボンジリ、カワ、タン(これだけ塩)を焼いてくれていた。
オジサンはカウンターにうつ伏せになり、すっかり眠っていた。
メガネがズリ落ちて鼻先きに引っかかっていた。
若いバイト風の店員がラストオーダーをと言った。
多分お手伝いのオバサンが若い男から3860円を受け取っていた。私の右横にいた若い会社員(多分)は、すいません、あとコブクロをと言った。
私が煮込みはと言ったら、もう終りましたとオバサンが言った。
オジサンはイビキをかいていた。
二枚の一万円札を左手でしっかりと押さえていた。
オジサンはきっと病院に行って検査結果を聞いて、全然大丈夫と言われてすっかりうれしくなり、絶っていた大好きなショーチューのレモンサワーを一杯、二杯と飲んだのだろう、と推測したのであった。
ヒゲをキレイに剃った顔が青白く、目のまわりがマルマルと赤かった。
オジサンの足もとにモロキュウ(キュウリ)が二本落ちていた。
オジサン良かったな。身長152、3センチ位の小柄なオジサンは、今夜はヤキトリをバタバタと焼いているだろう。
丸顔の奥さんはひらすら無口である。


※画像はイメージです。


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