日本文学史上もっとも貪欲で危険な文豪・谷崎潤一郎。
人間の深淵を見つめ続ける桐野夏生が燃えさかる作家の「業」に焦点をあて、新たな小説へと昇華させる。
君臨する男。寵愛される女たち。
文豪が築き上げた理想の〈家族帝国〉と、そこで繰り広げられる四角関係ーー。
このドロドロした本の腰巻きを読み、左足と右足を順番に投げ出した。
たまには本でも読むべぇかと。
とその時ここ数日左足の五本指と足の外側並びに甲の部分が江戸むらさき色に変色を強めているのに気づいた。
一週間ほど前に銀座の仕事場にある木製のテーブルの角に弁慶の泣きどころをしたたかに打っていた。
休日出社して宛名書きやハンカチ袋詰めなどというボランティアをしていた時だった。
痛え~と飛び上がったが八つ当りする相手もいずのままにし、出張に備えて企画書書きなどもした。
左足はズキンズキンしていた。
私はズキズキ感は全然嫌いではない。
が変色が続き広がるのは好きではない。
何しろ美しくない。
土曜日鍼灸の達人がこりゃなんだといいつつ、打撲の皮下出血の下に下にと下がりますと言った。
OH!YESその通りであると放っておいた。
昨夜十時半を過ぎるとOH!NOみたいに変色した。
愚妻がやれ市立病院だ、徳洲会だと救急の番号をメモして渡した。
そうかたまには救急も悪くないか。
知り合いのタクシー会社に私がごひいきにしている運転手さんいると聞いたらいますと言った。
そんで行ってみるかとなり、デンジャラスをひとまず閉じて、保険証と診察券を用意した。
♪~咲いて流れて散って行く今じゃ私も涙の花よ、どこにこぼした誠の涙探したいのよ、銀座、赤坂、六本木…。
運転手さんは私の好きな歌をたくさん編集してくれている。
森進一のヒットメロディーを聞き終り、救急コーナーの扉を開けて入った。
受付番号49、一階101号室の前の薄緑色の椅子に座った。
その左隣に生後二ヶ月という赤ちゃんを抱いた三十四・五歳のパパ。
ママは上の子がいるので来てませんとナースに言った。
オッパイをほしがっているみたいですね。
フンギャー、フンギャー、フンギャーと赤ちゃんは泣きじゃくり、小さな手を、小さな足を大きく、グニャグニャと動かした。
パパはよしよしと抱き続けていた。
ナースが吸入しますので中へと言った。
泣いていても吸入はされますから大丈夫ですよと言った。
と同じくバタバタと動きが激しくなり救急車の中から四十二・三歳の夫婦に見守られた救急ベットが第一CT室に搬入された。
顔の部分は赤い四角いマットで固定されて見えない。
ただ白髪が見えた。医師三人とナースがCT室の中に入った。
病院の中では携帯は禁止のはずだが、ご主人の方が「二階から降りるところの踊り場から下に向ってズルズルすべり落ちてさぁ、最後の三段目位のとこで顔が前に向い下に向って落ちて気を失ったみたいなんだよねぇ、え、高くない高くない三段目位だし。
救急の手続きをする時に救急車が来たら最優先しますからご了承しておいて下さい。
と言われていた。
勿論了解、病院の時計は大きい。秒針は午後十一時二十七秒から八秒を通り過ぎた。
早く家に帰って「四角関係」を読みたいと思った。