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2013年11月22日金曜日

「紅とんぼ」




この女性歌手が唄うと言ったら私は地の果てまで行くだろう。

歌手の名は「ちあきなおみ」、日本歌謡史で東の横綱が「美空ひばり」なら、西の横綱は彼女だ。アイドル歌手から始まり、シャンソン、ポルトガルの「ファド」また流行歌のカバーと自らの唄うべき歌の道を探した。

ある時一人の音楽プロデューサーから一曲の歌をすすめられる。
歌の表現力、歌唱力、音階の広さ、音質の深さ、声の艶っぽさ、何もが美空ひばりに匹敵していた。そして「ちあきなおみ」でなければならない世界を持っていた。

名曲「喝采」はプロデューサーの読み通り人の心を掴んだ。
歌を志ざして故郷を棄て、愛する人を棄て列車に乗った、そして喝采を浴びる日をやっと向かえた歌手に届いたのは黒い縁取りの葉書だった。

 こんな死亡通知の歌を「ちあきなおみ」は一つの芸術の高みにして哀切りステージを生んだ。余人を持って変えがたしの心を打つ歌だ。日本レコード大賞を受賞する。

だが1992年、愛する人、郷鍈治という日活の役者(宍戸錠の弟)を病で失ってしまう。以来「ちあきなおみ」は二度とステージに立たなくなり、歌の世界から姿を消した。
それ程まで愛された郷鍈治はどんな男であったのだろうか。

私は吉田旺作詞、船村徹作曲の「紅とんぼ」という歌が好きであった。
新宿駅裏で五年間小さなBARをやっていたママが店を閉める心情を唄ったものだ。
一曲の中に「ちあきなおみ」の歌のエッセンスと歴史が全て入っている。

演歌、歌謡曲、シャンソン、ファド(アマリア・ロドリゲスが有名だ。曲の名を「難船」)ファドはギター相手に酒場で一人唄う心情歌、叙情歌だ。
まさに難船の様に自分は何を唄うべきか、ずっと五線譜の波の上で探していたのだろう。その先にぽつんと見えた灯りが、新宿駅裏にあった「紅とんぼ」だったのだ。

何が何でもテレビに出たがる時代、「ちあきなおみ」はその心魂を愛し続けた男のために捧げているのだろうか。まるで歌そのものの様だ。
今でも唄えば一番上手い歌手であることは誰もが知っているはずだ。


先夜、それをしみじみ聞く機会があった。
この歌にはどの酒が似合うのだろうかと迷った。
唄っていたのは勿論「ちあきなおみ」ではない。一人の酔客だった。




とんぼ

:吉田旺
作曲:船村

(から)にしてって 酒も肴も
今日でおしまい 店仕舞
五年ありがとう しかったわ
いろいろお世になりました
しんみりしないでよケンさん
新宿駅裏とんぼ
想い出してね々は


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