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2013年11月6日水曜日

「ある村で」




恐い映画を観た。
恐いといっても、オカルトや復讐や残忍な殺しや異常犯罪ではない。

それは一人の幼稚園児のひと言だ。
鹿狩から帰ったとある小さな村の男たちは酒盛りをする皆酔っ払う。

少女の兄が妹にワイセツなポルノ画像をiPad(?)で見せる。
少女は幼稚園児の中で感受性が強い子とされていた。
少女は一人の男に恋心を抱いていたが、関心を示してくれないので腹いせにある言動を口にする。

 妻と別居をしている一人の男が少女が通う幼稚園で働いている。
息子とは妻の承諾なくしては会えない。山々の側にある町は美しい。
住んでいる人々は皆、敬虔なクリスチャンだ。一人の男もそうである。
 ある日、あるひと言があるまでは。

男たちは鹿狩の仲間であった。男の名はルーカスという。
クララという少女は園長さんにルーカスから変なものを見せられ、変な事をされたと告げる。

町は一変する、男の状況も一変する。
クララの告げ口が何もかもを激変させた。

ルーカスは性的異常者にされてしまい酷い事をされる。
愛犬は殺される、買い物に行けば店員に殴られ、蹴られ顔は傷だらけとなる。
警察に捕まってしまう、ルーカスは必死に少女の嘘だ、作り話だと言うのだが。

映画の題名は「偽りなき者」現代社会の犯罪の多くに、フェイスブックとかラインとか出会い系サイトとかが密接に複雑に絡んでいる。
使い方を少しでも間違うと少女の告げ口の様に凶器となる。
少女もインターネット上のポルノ画像の犠牲者であった。

日本シリーズ第七戦、田中将大投手に心打たれた後、この映画を観てすっかり気分が落下した。連休前にTSUTAYAに行き六本レンタルしてきた内の一本だった。
ルーカスの息子の名はマルクス、月日は経ちルーカスの無実というか何も見せてない、何もしてない事が警察にも町の人々にも認められた。

クララが父親にルーカスは何もしていない、私はいけない事をしてしまったのと告げたからだ。やがて少年マルクスは猟銃を使える年齢となり、町の皆から祝福される。
狩人の仲間になった祝にとルーカスは銃をプレゼントする。
そしてある年のある日、親と子、仲間たちは鹿狩に行く。
息子に狩りの仕方を教えルーカスは一人山の中で鹿を追う、とその時一発の銃声がする。ルーカスは危うく頭を撃たれそうになる。
ルーカスが銃声の先に見た人影は(?)。

犯罪捜査の世界では「多くを語る証人は、多くを知らない」という。
多くの冤罪はでっち上げの告げ口と激しい拷問から生まれた。
それ故今日では、自白は証拠価値はない。

大人たちはくれぐれも気をつけて下さい。
イケナイ画像を子どもに絶対見られないように。これは偽りのない私の気持ちです。
我が子たちは大丈夫だろうか、我家にパソコンは無い。iPadiPhoneも無いのだが。

気分がハイになっている方にオススメの映画です、どーんと沈みます。
映画の監督は名匠トマス・ヴィンターベア、主演のマッツ・ミケルセンはこの映画で第65回カンヌ国際映画祭で主演男優賞他3冠を達成した。
デンマーク映画恐るべし、「子どもと酔っ払いは、ウソをつかない」というのだが。

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