ページ

2012年11月14日水曜日

「ソースを忘れた」


※写真はイメージです

夜になるとぐっと寒くなって来た。

深夜近所のコンビニに行く時いつも決まって私に向かって吠える茶色い中型犬がいる。
ご近所の家の愛犬であり番犬だ。

その夜何故か肉まんが食べたくなり二個買ってきた。
鎖に繋がれた犬は小さな木の門の向こうで吠えて、吠えて、吠えまくる。
私は立ち止まり、木と木の間に見える犬にお前はそんなにオレが嫌いか、ずいぶん長い付き合いだろうが、いつもそうやって鎖に繋がれていてかわいそうだな。
今日は何を食べさせてもらったのだ。
お前の父は、母は、兄弟はどうしたのかと声をかけると、ふと静かになりキュイーン、キュイーンと悲しい声を出す。

そうか独りぼっちか寒いだろうと肉まんの入った白い袋から湯気のたった肉まんをちぎって木の門の中に投げ入れた。一つ、二つ、三つ。
犬はすっかりおとなしくなってしまった。四つ、五つと投げ入れた。

私はそこから離れて30メートル位先の私の家に残りの一個の肉まんを持って帰った。
袋の中に小さなビニール袋に入ったソースがあった。
そうかソースをつけてやればよかったなと思った。

2012年11月13日火曜日

「一杯の価値」


※写真はイメージです


中国ではお酒の事を「忘憂」という。
憂いを一杯飲んで忘れるという事なのだ。
それ故に酒の友を「忘憂の友」という。

浅草のどじょうで一杯。神田明神下のふぐで一杯。
八重洲口の焼鳥で一杯。赤坂の寿司屋で一杯。
新橋のおでん屋で一杯。築地の刺身で一杯。
銀座のうなぎで一杯。
もうあちこちで一杯また、一杯。

忘憂の友との酒は仕事の話や会社の話は御法度だ。
酒がまずくなるからだ。
映画の話、旅の話、歴史の話、政治の話、人物の話、本の話、女性の話、ヤクザな話と話題は次々と変わる。
 
ちょっと気の利いたおそば屋で焼きたらこ、畳鰯、海苔とわさび、だし巻玉子、板わさと進んで行く。最後にもりそばか、かけそばで終わる。
懐具合が少々いい時は天ぷらの盛り合わせを友と分け合い、天もりにしたり、天ぷらそばにする。
そば湯を入れて、あーあうまかった、楽しかった、嫌な事憂鬱な事を忘れられる。

最高の忘憂の友を失って半年、心は闇雲の様にはれる事はない。
まだ写真を飾っていない。友の似顔絵をプリントした日本手ぬぐいと語り合う。
友を持つ人々よ、いかなる犠牲を払っても友を大切にしなければならない。
親の血を引く兄弟よりも固い契りの義兄弟という。

2012年11月8日木曜日

「一枚のメモ」




便せんに文字を書く、封筒に入れる、それを閉じる(1.のりで、2.ナメナメして、3.セロテープで)今頃は白い帯があってそれを剥がすとのりになっているのが多い。

宛名を書いてポストに入れる。
郵便局の人がそれを集配する。
郵便局に持って帰り区分けする。
それぞれの配り先担当郵便局に着く。
そこで配り先ごとに区分けされる。
郵便局員の人はそれを持って一軒一軒配達する。
これが海外メールとなるとさらに面倒な事となって海を渡っていく。

休日ノートを整理していたらあるメモが貼ってあった。
それはNY同時多発テロの時、NYに住んでいたイラストレーターの黒田征太郎さんが目撃した。その壮絶な光景を次々にはがきに書き続け、東京の友人に送り続けたというメモ書きだった。圧倒的な絵と、圧倒的な枚数のハガキを。

私は確かその事をNHKの番組で見て感動したのだ。
黒田征太郎さんも郵便というのは大変ありがたい親切この上ないリレー方式だとおっしゃっていた。

今年も後二ヶ月、年賀状の季節となりました。
元旦のお昼頃、カチャンとポストの音、取りに出ると正月のためのアルバイトの学生さんが自転車でお隣さん、そのまたお隣さんと配って回る。
お正月の中で一番好きな風景である。

郵便局のテレビCMで「人の心が、年の初めに届く国。」
というのが流れている。いいコピーだ、毎年郵便局はいい言葉を届けてくれる。
ここ一両日で年賀状の文章を決めようと思う。

2012年11月7日水曜日

「水加減」


千両*写真はイメージです


私がずっとお世話になっていた床屋さんのご主人はミニ盆栽を見事に育てている。

ある日うちの鉢物はどうしてちゃんと育たないのだろうと聞いた。
愚妻はするが華道をするが鉢植えは苦手。
その原因はいろいろあるが、まずは水のやりすぎ、世話し過ぎだという。

中国の諺にモノを一番美味しく食べるコツは、お腹を空かしておく事というでしょう。
盆栽の土が少し乾いてきた、土の上が少し粉を吹いた様になってきた、指で叩くとコツンコツンとする、その頃に水をやると木たちが水がウメエー、腹減ってたんだとグイグイ吸収すると教わった。


七年前、小さな盆栽に鉛筆位の太さのハゼの木を植木屋さんが持って来てくれた。
ハゼは山の中の木だから水をよく吸うから、土が少し固くなったら水をこれ位(コップ一杯半)こうして平均的にかけるんだと教えてくれた。
そのハゼの木が床屋さん植木屋さんのいう通りにやっていたらこの季節になると美しい紅葉となる。植木屋さんの名にちなんで小林さんの木と呼んでいる。

小林さんが亡くなる前にいった言葉を思い出した。
ダ・ダ・ダンナ、ボ・ボ・ボンサイナンテ、イ・イ・イジリダシタラモウジイサンダヨ。ダ・ダ・ダンナニハニアワネーヨ。
ダ・ダイイチダンナワ、アンマリニモ、キトカハナノコトガワカッチャイナイ。
ホッホラアノツバキニケムシガイッパイイル、アノウメノキニモ。

そんじゃフマキラーだんべと、持ち出してブチューとやったらダメダメそんな事じゃ、といってケムシを取り除いてくれ消毒してくれました。
赤い実が下についたら万両、上に付いたら千両などと教えてくれた。
ホホーしゃれてるねなんていったものだった。
家の近所から小さな山がどんどん無くなってきた。
私の秋は家の中で見る事としている。

2012年11月6日火曜日

「ある礼節」


 タラバガニ※イメージ


私の様な無駄口をたたいてばかりいる人間を黙らせる方法はただひとつ、それは蟹を食べさせてくれればいいのです。

私が大変お世話になっている会社の社長さんからでっかいタラバガニを送っていただきました。はるばる北海道からちゃんと横泳ぎで来ました?
とれたて、茹でたて、真っ赤な北の幸。
二日間かけて解凍し、いざ食さんと出刃包丁と木製トンカチを用意しました。蟹のギザギザで少々指先を傷つけ、おーいててと血の付いた指を洗うのがしきたりです。蟹への敬意なのです。

ぶっとい足にギッシリの身、でっかい甲羅に味噌たっぷり、割る、ほじくる、割る、ほじくるを繰り返し家族全員無言状態となる。蟹焼き、蟹サラダ、蟹鍋、蟹そのまんまを食べ尽くし、甲羅にお酒を入れて飲む。 次の朝は蟹汁だ。刻みネギを蟹汁にハラハラと落とす。

アレッよく見ると蟹の食べ残しの足がお盆の上にずらりと乗っている。
その足をつかみ望遠鏡を覗き込む様にしてまだまだ身があるんじゃないと指で掘り出す。オッイテテと指から血がにじみでる。水道の蛇口をひねって水を出し親指と人差し指を洗う。蟹さん本当に美味しかったと頭を下げるのだ。

よく軍手をつけて蟹を解体する人がいるがあれは駄目、やっぱりイテテ、イテテと素手でやるのが正しい事なのだ。蟹に対して礼を欠いてしまうのだ。

2012年11月1日木曜日

「おつりが60円」




後楽園といえば野球の殿堂、または日本三大名園の一つ岡山の後楽園というのが日本人の決まりであるが、“幸楽苑”となるとハテなんでしょうとなるはずです。

昭和29年創業。290円のラーメンが人気のチェーン店です。
ラーメン道やラーメン通ならご存知度80%位の店です。

その幸楽苑が我が家から歩いて5分くらいの処にオープンしたのです、箱根駅伝が走る道路の側に。むかしなじみの屋台の味が売りです。
それに餃子やらチャーハン等メニューは楽しさいっぱいです。

私が育った東京荻窪は、私にとってラーメンの聖地、いや命、いや人生の主体といってもいいのです。丸福、春木屋、丸信は史上最強のコンビでした。
ラーメンといっただけで荻窪を思い出すのです。

幸楽苑に多大な期待をしませんが290円の味に私は深く共感するのです。
シンプルイズベスト。
醤油スープにチャーシュー、シナチク、のり、きざみネギとラーメンの家族が麺の上に勢揃いです。

愚妻に行くかと聞けば行かないわよ、アタシはベトナム人の友人たちと一緒に家で食べるなんていうから、ヤッホーひとりで幸と楽を味わう、本当の処290円の幸楽苑にはひとりで行くのが正しい姿。後期年齢の男がビーチサンダルなんかで後姿も淋しくひとりラーメンをすするのがいい感じなのです。

石川啄木の歌に「かにかくに 渋民村は恋しかり おもいでの山 おもいでの川」というがラーメンを待つ身に浮かびます。
「かにかくに荻窪村は恋しかり 思い出の丸福 思い出の春木屋」となるのです。

私の隣りのお兄さんは、チャーシュー麺とチャーハン餃子セットをビッグに注文しました。いいなあラーメン幸楽苑、310円で60円おつりをもらいました。(消費税は別です)

2012年10月31日水曜日

「ああ国府津駅」




おそば屋さんに入りました。
天せいろを頼みました。友人は大盛りを頼みました。
丸い竹籠に入ったおそばと、海老、イカ、カボチャ、シシトウの天ぷらが付いてきました。

人間は完全なる徹夜を二日すると、竹籠の中のおそばがただのおそば色の固まりにしか見えません。
私は並盛りだったのですが友人の大盛りの方が少なく思ってつい取り替えようとしてしまいます。イカ天を食べていたのですが何の味もしません。
大好きな海老天はただの長い天ぷらの衣です。
カボチャはサツマイモと区別がつきません。シシトウはピーマンと間違えます。

つまり脳内が味覚、視覚への命令をマア、どうでもいいや、腹の中に入りゃ同じだべ、出るときは何もかも一緒だわさといい加減に職場放棄するのです。

今日こそはどんな事をしても眠るべえと心に決めて東京駅から沼津駅行きの東海道線に乗りました。夕刊紙二紙、毎日、産経、東京新聞の夕刊(家でとってないので)週刊朝日、サンデー毎日、週刊現代、週刊ポストを買って乗りました。
 「石原新党はどうなるか」各紙どう書くかを確認するためです。

 週刊現代袋とじの草刈民代さんのヌードの美しい事、見事な裸体を見て一瞬眠気が消える。おおー周防正行監督はエライいい女性を生活の仲としているではないか。
よし、近作「終の信託」を見るベーと心に決めた。

 そこまで記憶があったのだが、気がつくと何故か降りるべき辻堂を通り越し、茅ヶ崎、平塚、大磯もそして私は国府津駅でハッと我に帰ったのです。
ヤバいやってしまった。
足元に草刈民代さんのグラビアヌードがパラパラと落ちていました。


2012年10月29日月曜日

「十月二十四日早朝」




とある国の、とある哲人が晩年、とあるインタビューに応えてこんな言葉をいった。

話法は私なりにアレンジした。
「マアわしの人生で自慢すべき事は何にもネエけど、しいていえば書物を一切読まなかった事だな」これにはいろんな解釈があった。なにしろ世界的哲学者の言葉だからだ。

ある人は自分の為になる書物は読まなかったのだろう。
本当は万巻の書を読んだに決まっていると。
ある人は自分の書いた書物以外はみんな悪書だと皮肉っているのだろうよと。
また、ある人はケチンボだったから書物は図書館で借りて読み、自分で買った書物はないと。

原稿用紙2000枚、738ページ、小さい活字びっしりの巨編を十月二十四日午前四時十一分十二秒、ほぼ三週間をかけて読み終えた。

古川日出男著「聖家族」だ。
異様かつ怪奇かつ詳細かつ難解かつおどろおどろしい「血」の歴史、東北六県にまつわる歴史と現代史。この作者は福島県郡山市出身の人。

不眠症の人にお勧めしたい。
読めば読むほど頭は興奮し、副交感神経は機能不全化し、混乱を極め、目は一段と覚めていく。とある友人に読んでいただいて解説をお願いしたいと思った。

菊地信義氏の装幀がすばらしい。集英社刊です。

読書などというなれない事をしてしまった。
だが、出羽三山を全て登った後の様な不思議な疲労感が気持ちいい。

2012年10月25日木曜日

「ご近所の人」


※画像はイメージです


隣人とは淡交を旨とすべしと先達に教わった。

世の中の付き合いの仲で隣人ほど難しいものはない。
ひと度お互いに不快心や嫉妬心や意地悪心が生じたらまず消える事はない。
 マンションを好んで住む人は隣人との付き合いが面倒臭いからというのが大きな理由であるが、隣り同士になった以上淡交に適するのは難しい。

友人の話だが、マンションは上下の関係が悩ましい。
ピアノの音がウルセイんだよとか、子供がドカドカ遊ぶのを何とかしろとか、小さなベランダから成長した木の葉かなんかが隣りに一センチ入ってもハサミできられ気をつけてよなんて言われる。

知人の話だが、家の前に一時的に停めてあった車に隣りの車が接触し傷ついた。
こんな処に停めないで下さい、なんて金切り声をあげられ日々ドキドキしている。
ある花などは繁殖力がすごく地の中の根を前後左右の隣人の家の庭に進入してボコボコ花を咲かす。すみませんね、すみませんねとハサミを持って行く。

先日一匹の猫が何を間違ったか網戸に飛びつき、網戸を切り裂きガッチリへばりついていた。猫も目線を見間違うらしい。

お前なんでそんなところに爪をたててへばりついてんだよといったら、年のせいで距離感を間違えましたといった?

私は幸い良き隣人に恵まれている。
ちょっとお味噌貸してとか、お醤油貸してとか、おネギ少しあるとか、わさびの買い置きある、なんてお付き合いをさせていただいている。

ご近所の人たちには、あのアロハのオッサン何者なの、気をつけなさいと言っている姿が家の前の公園にある。確かにそう思われても仕方ないのだ。

2012年10月23日火曜日

「歌舞伎揚げ」


※イメージです


砕いた人間の肉をカレーにして臭いを消す。
 86歳の元警視がとんでもない迷惑ババアの首を切り落とす。
想う女性をストーカーして同じマンションに引っ越して来て刺し殺す。
どえらい女が一人二人三人四人とコンクリート詰めにする。
女性を全裸にして首輪をかけ、よってたかってなぶり殺す。

推理小説家はいろんな事件をモチーフにして自分なりに事件を作り出すのだが、事実はまさに小説より奇なり、いかなる作家も想像を超えたおぞましい事件が連日起きている。
長引く不況が人間の心を獣に変えてしまった。


列車で通勤していると本当にとんでもないマナーの男女がいる。
何しろこの私が言うのだから。その列車は熱海行きであった。
乗客の殆どはもうすっかり温泉気分、靴を脱ぎ靴下を脱ぎ水虫に食われた足を出す。
向いの座席に足を出す。

夫婦とおぼしき30代の二人はチューハイ、缶ビールをパカンパカン空ける。
イカサキ、タコサキ、細切りチーズ、それと歌舞伎揚げのせんべいを未だ動かぬ東京駅で飲み、かつ食う。歌舞伎揚げの油のニオイがとにかくクサイ、二人はうるさい。
その二人の横の席にいた私はじっと耐え忍ぶ。浅野内匠頭の様に。
だが人間の我慢は限界というものがある。

川崎を過ぎた頃それは起きた。
男は全て食べ残った歌舞伎揚げの袋の底にたまった残り物をでかく空けた口の中に入れて流しこんでいた。パーンと列車内に袋が割れる音がした。誰が何をどうしたか。