東京拘置所 |
その男の体は不自由だが言葉は自由だ。
両方の足を引きずりヨタヨタとトボトボと歩く。
黒い羽毛服、黒いタートルネック、黒いジーンズそして黒い目出し帽、男の名は芥川賞作家辺見庸という。
この世には大別すると明るく楽しい陽気な分かり易い言葉の人間と、暗く重く陰気で難しい言葉の人間だ。辺見庸は後者だ。作家であり詩人でもある。
かつては記者であった。
目にするもの、耳にするもの、手にするもの、口にするもの、皮膚が記憶しているもの、脳の中に入り込み沈殿したもの又は脳の中は居心地が悪いと出ていった記憶を文字もしくは言葉という操り人形を使って表現する。
辺見庸はいまある死刑囚の俳句を一冊の本にして出版すべき事を行っている。
死刑囚の名は三菱重工爆破事件の大道寺将司だ。あの事件から40年が経っている。
あの日私は三菱重工広報室に打合せに行く予定になっていた。
爆破音は銀座の仕事場にも聞こえた。27歳の時であった。
三菱重工の知人たちが何人か大怪我をした。
大道寺将司の俳句を全て一冊の本にして出版すべく辺見庸は足を引きずり東京拘置所に通っている。
辺見庸は石巻で生まれ育った。
そこは辺見庸の記憶の風景を全て津波が持ち去っていた。
地震、津波、放射能、一切の言葉を受け付けない被災地の現状、辺見庸はそこに生と死を一日の内に必ず見る死刑囚を見たのだろうか。
五七五わずか17文字の中に人間という生き物が背負った業苦が見えるのだ。
亡き母に獄中から送った大道寺の手紙は一万通を超えるという。
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