その日、その時力士「垣添」は幕下22枚目であった。
幕下は15日間で7番しか取らない。元小結垣添(33歳)は7敗目を喫した。○勝7敗である。
中学、高校、大学とアマチュアのタイトルを取りまくり武蔵川部屋に入門した。
体は小さいが突貫小僧の様に大きな力士にぶつかっていった。白鵬にも泥をつけた事もある人気力士だった。
妻は女子相撲の力士であった。幕下の収入は2ヶ月で15万だけだ。
十両は給与月100万、正に番付けが一枚違えば天と地だ。幕下の稽古まわしは黒、雪駄は履けない。
食事は関取の食べた後、何から何まで天と地だ。取組中に半月板を損傷、腰も痛めてしまった。
立つ事さえままならない、気が付けば小結→前頭→十両→幕下となっていた。膝にたまる水を抜いて頑張った。
大阪場所心に引退を覚悟して土俵に上がった。
垣添!垣添!5〜7歳位の男の子と妻と女の子が大声で応援した。7敗目を喫した垣添に男の子はいった。
よくやったよ、よくやったよ、カキゾエ〜と。
私たちはこれ程過酷な戦いをしているだろうか。
どんな大切なプレゼンテーションに負けても仕方ないよな、あいつと、あいつと、あいつが悪いんだ、だいたいウチの会社に力がないんだよ、なんて人のせいにする。
勿論番付は下がらない。雪駄も履ける。但し負けが続くとプレゼンテーションというお座敷に声が掛からなくなる。
何!またあいつにやらせるってか、駄目だよあいつじゃ絶対勝てないから、もっと若くてイキのいいのを全面に立てろと言われてしまうのは確実だ。
垣添は引退せずきっと来場所も土俵に上がるはずだ。一度だけ勝つ姿を妻や子に見せたいから、きっとそう思っている筈だ。もし来場所垣添が土俵に上がるなら応援に行くと心に誓った。カキゾエ〜ガンバレ〜と大声で。
父との思い出が全くない私にとって垣添を応援する子供が羨ましい。
例え黒星ばかりでも。それは美しい黒星なのだ、キラキラ輝く。
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