松本清張の短編に「地方紙を買う女」というのがあった。
さしずめ昨日の私は「地方紙を買った男」であった。岡山県倉敷は私の母が生まれ育った地である。地方での楽しみといえば地方紙を隈なく読むことだ。中央紙にはない丹念な手づくり感というか、その地ならではのいろんな記事がある。
倉敷のビジネスホテル(と思う)の部屋に入りまずはテレビをつけると、いきなり若々しい舟木一夫が刀を振っている、と水戸黄門役の佐野浅夫があおい輝彦を従え“これが目に入らぬか”と登場した。
山陽新聞(夕刊)8月26日(水)を読み始める。一面はやはり株価大暴落。
6面文化エンタメ欄がよかった。「また逢う日まで」という映画タイトル。あのころ、映画があったというコラムだ(共同通信編集委員・立花珠樹さんの担当のようだ)。
この映画には有名なシーンがある。
“切ないガラス越しのキス”だ。クラシック好きで文学を愛する青年と母と二人暮らしの雑誌の挿絵画家。父は裁判官で兄は陸軍将校の帝大生のエリート青年、ほそぼそと生きる女性が空襲で退避する人混みの中で、偶然手が触れ合う。
二人は戦争を嫌う気持ちで共通している。当時はキスは神聖な行為であった。
召集令状を受け取った田島三郎(岡山英次)は、螢子(久我美子)とガラス越しに語り、ガラス越しにキスをする。
「僕たち今度会うとき、結婚しよう」
「今度って?」
「今度って?」
「無事に帰ったとき」
「それまで、それまで私も生きていなくちゃね」
1937年日中戦争以降の戦死者は厚生労働省によると310万人。
本当はもっともっと多いはずだ。
原作は、ロマン・ロランが反戦を訴えた「ピエールとリュース」、監督は今井正、1950年の作であった。
ヤクザな人間はキスをすることを“ベラを噛む”などと極めてお下品な言葉でいう。
純愛などというものはあるのだろうか、現代社会ではSNSなどでベラを噛んでいる。
清純とか純愛は死語の世界に入っている。今日は京都へ向かう。京都新聞が楽しみだ。
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