午前二時過ぎ銀座一丁目セブン-イレブン店内、イートインコーナー。
すでに20数脚の椅子は逆さまになっていたが、一人の老女が逆さまを元に戻して座っていた。
老女というからには八十歳に近い。
バサッとしたソバージュのヘアスタイル、スパンコールいっぱいの化粧の濃さ、キラキラの上等なドレス姿から見るとどこぞのママさんかもしれない。
頭に花いっぱいのカチューシャを付けている。
ガクンペタンと座り、ダランとしながら冷やし中華を食べ始めていた。
白いローヒールの靴を外し指の先っぽに引っ掛けていた。
洋カラシが好きなのか小さな正方形に入っている洋カラシを一袋、二袋、三袋と切って麺の上にのせた。冷やし中華に洋カラシとお酢は絶対必要だ。
大スターとなった近藤真彦が何かの番組で家でカレーライスを食べる時“赤い福神漬”がなく服を着替えてわざわざ買いに行ったと言っていたが、それと同じだ。
カラシが効き過ぎたのか鼻にツーンと来たのか、グフォン、グフォンとなった。
目から大きな涙が出ていたが、泣きながら短い割り箸で麺をすすった。
次にヒックヒックとシャックリをしだした。ノドにつかえたのかもしれない。
ウハァ~、ウハァ~と声を出した。グフォンとヒックとウハァ~が重なり合った。
かなり苦しそうであった。
ダイジョーブですかとインド人風の店員さんが老女に近づき背中を叩いてあげた。
冷やし中華は半分くらい残っていた。
私はミネラルウォーターと“かのか”二本とビーフジャーキーを買っていた。
人間観察が好きな私は老女を名残惜しく見ながら店の外に出ると、銀メタのベンツが停まっていて、白い手袋をつけた運転手さんが立っていて店内を見ていた。
あのヒトの運転手さんと聞くと、社長ですとピシャと言った。
冷やし中華の季節になった。大、大、大好きである。
何が好きかと言えば麺やキュウリや千切りの玉子焼きや紅しょうがなどすべて食べ終わった後に、カラシとお酢が効いた汁を皿ごと飲むのが好きなのだ。
いろんな味が皿の上に混然一体となった汁となって存在する、これが格別なのだ。
バカ者はこの汁を残す。