午前四時三十一分〇二秒終了。
私は何をしていたか。帰宅してからアレコレをした後、午前二時半頃から韓国映画の鬼才、私の大好きな監督キム・ギドクの「殺されたミンジュ」を見終わった。
その間東京都東村山の名物「だいじょうぶだァー饅頭・小倉餡」「だっふんだァーどら焼き・うぐいす餡」を食べた。
辛党の私が午前三時に甘いものを食べて、だいじょうぶかァーと言えば本当は大丈夫ではない。右手にいつものグラスとジョニーウォーカーの赤を入れて飲んでいる。
どら焼きとスコッチは、人生初めての経験と言っていい。
帰宅前お世話になっていた二人と会って食事をした。
久々に会って久々な話をして、久々に楽しかった。
食べて飲んでお願い事をして、それじゃソロソロとなった時、これは奥さんに、奥さんにと重ねて言われ、袋に入った和菓子を渡してくれた。
その人は東村山市に住んでいる。
頂いた和菓子は東村山市が生んだスーパースター志村けんさんの出身地だ。
バカ殿様を演じる志村けんさんの決め言葉が「だいじょうぶだァー」なのだ。
和菓子処一風柳・餅萬は、その決め言葉を使って商品を開発した。
そのユニークな品は、黒糖の風味が豊かにあり「だいじょうぶだァー最中」とか「だっふんだァー饅頭」にその性格を表す。
昨夜私と会うと言ったら、お世話になった人の奥さんが私の奥さんに是非にと用意してくれたらしい。しからばいざ食さんと思い渋茶も用意した。
甘党と辛党、お茶とスコッチという妙な組み合わせが小さなテーブルの上に生まれた。
どら焼きとスコッチは、結構いける。
「だいじょうぶかァ」と言われれば「大丈夫だァ」と応える。
キム・ギドクの映画は相変わらず凄い。
韓国社会への怒りと憎悪を拷問という形で表す。
ある夜一人の少女(中学二・三年生)が男数人につけられ顔面をテープでぐるぐると巻かれて殺される。それからある集団が少女殺しをした男を一人ずつサラって(連行)来てとある拷問部屋で少女の殺されたときの写真を見せる。
五月九日殺人の日を思い出させるのだ。
ある男は国家情報院風に、ある男は軍人風に、ある男はヤクザ風にまた警察風にと姿形を変える、拷問もそれ的に変える。何しろキム・ギドクだから半端じゃない。
気の弱い人は見てられないだろう。
それぞれ拷問に絶えられず五月九日に何をしたか紙に書けと言われ、激痛の中で書く。
下っ端は上からの命令でという。次の男はその上の命令でという。
次の次の男は上からの命令は絶対だからという。
その次軍隊のトップ大将も上からの命令だという。
キム・ギドクは全て上からの命令で動き理由もなく人を殺す世の中をなかば風刺する。
拷問を加える数人の男たちは人生の現状に不満を持つ男たちである。
リーダーのネットへの書き込みを見てストレス発散に集って来ているのだ。
殺された少女はリーダーの娘だった。
が、キム・ギドクは何故その少女が殺されねばならなかったかはあえて語らない。
出世のためならどんな命令にも従うという事を風刺したのだろう。
責任をとらない国家への怒りと憎悪だ。
拷問マニアにはうってつけの映画だ。ラストに文字が出る。
「私は誰でしょう」と。
どら焼き&スコッチを繰り返しながら、私は誰でしょうの意味を考えていた。