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2013年10月7日月曜日

「我慢」





新橋発下り十一時二十五分。
金曜日の夜、東海道線に乗る為に改札口に向かった。
切符を買いに自動販売機の処に行く。

その近辺は混雑を極めていた。
重いバッグを持っていたのでグリーン車に乗る事とした。
乗車賃950円、グリーン券950円だ。
自動改札口に切符を入れる、その横で若いスキンヘッドの男と若い女の子が抱き合い別れのキスをしている。お前ら何やってんだとは誰も言わない。
みんな疲れている週末だから人の事なんてかまっていられないのだ。

その夜、私は銀座のBARの経営者、兼舞台演出家、兼役者、兼兄貴と呼ばれる人と映画の夢を語り合った。友人のキャスティング・ディレクター、後輩のプロデューサー、新人監督(CMでは売れっ子)も一緒だった。
背中に入れつつある刺青を見る。絵柄は不動明王だ。
現在筋彫りが終わり色を入れ始めている。
全部完成すると両腕から両足のふくらはぎまでとなるとの事だった。
手彫りよりも電動の針で彫る方が猛烈に痛いという。
死ぬより痛いのは肛門辺で相当な強者も激痛に耐え切れない。

刺青の事を我慢というのはその痛みにじっと我慢する処から来ているのだ。
私は友人からその人を紹介され、その人が是非自分が映画に出て出来ればその我慢を見せたい。1000人ほど友人、後輩、舎弟がいるのでその1000人に配りたいといわれたのだ。
ビシッと礼儀正しく、とても可愛い笑顔なのだ。
女性のスタッフには隠してあるのだろう、店の中にあるカーテンを閉めて裸になった。
鍛えられた体に不動明王が目をむいていた。
腰からお尻にかけては未だ線だけだった(筋彫りという)。

銀座のクラブで五回飲んだらおしまいという程の低予算で作らねばならない。
若い監督を世に出したいと願い、二年近くかけてシナリオを書いて来た。
三時間余り四人の男は熱っぽく語り合った。

その興奮が列車が来るホームに向かう体に満ち溢れていた。
東海道線のホームは現在工事中だから白いシートがアチコチにあり通路は狭くなっていた。左に階段が見えた時、ガァーンと何かが体にぶつかった。
黒い大きなショルダーバッグだった。その男はそれをたすき掛けに背負っていた。
三十五、六だろうか、度の強そうな眼鏡をかけていた。団子鼻の近辺が赤くなっていた。

オイッ気をつけろというと、モグモグしながら「どーもずいまぜん」みたいにペコッと頭を下げた。見れば右手にアサヒスーパードライ350ml缶。
左手にチーズ入りの竹輪を三本持っていた(袋から見える)。
一本を口に含んで食べながら、飲みながらだったのだ。

刺青をたっぷり見たせいか気分が東映のヤクザ映画を観た後みたいだった。
だが待て、たかがこれしきでと心を鎮めた。
階段を上ってホームに出ると、男は二本目の竹輪を口にしながらメールを見ていた。
背広のポッケから残りの竹輪を入れた袋が見えた。

列車が入って来た後、男は普通車の中にずいまぜん、ずいまぜんみたいに消えた。
グリーン車も満席であり、横浜でやっと座れた。
やっぱり週末は東京駅からだなと思った。

実は二席空いていたのだが、一人は笹かまとサキイカをつまみに飲んでおり凄く臭った。
一人は空いている席の処まで顔を出して熟睡していた。
頭の毛が凄く脂濃いのが汚らしかったので座るのを止めた。
こんな時何をいうか自信がないので立つ事にした。
大事の前の小事だから。歳と共にやっとこさ大人になった。私だって我慢なのだ。

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