ページ

2014年6月12日木曜日

「救世軍の女」




神もいない、職もない、金もない、家もない。
その男には、過去もない。

記憶を失っているからだ。
コンテナに住む貧しき人々。五十代の男と五十代の女
救世軍の制服を着た女は一片のパンとスープを行列の男たちに与える。
そこで出会う。何かが二人を引き合わせる。

七十代の女性、顔はシワ、シワ、シワ。まるで葉脈の様に入り乱れてある。
貧しき人々はこの老女の歌に聴き入れる。男と女も。

♪〜人の心とは小さなもの より処のない未知の地 そこでは人は壮大な夢を見る 愛と憎しみをからませて 喜びや哀しみを味わい尽くし 恋に燃えては 毒矢に射られる すべては小さな心で起こること 幸せも喜びも 浅はかな考えも 高邁な理想も 燃える感情も 凍てる感覚も すべては小さな 心で起こる 

君の目に何かがついているよそう言って男は女の顔に近づき目の脇に口づけをする。
不美人でやせ細った救世軍の女は、一度も恋の炎を燃やした事がなかったのだろう。
それまで固く構えていた無表情の女は、いつしか“初恋の人よ”と切なく言う。
また人生は後ろに向かっては進まないわよと。

アキ・カウリスマキ監督の名を世界に知らしめた、カンヌ国際映画祭パルムドール賞(最高賞)受賞作品。「過去のない男」小津安二郎を敬愛するというフィンランドの監督の作品には、ただ一語も無駄がなく、教訓があり、諧謔があり、哲学がある。

どん底で生きる人間にも恋が芽生える。過去を失った男は未来に向かって歩き始める。
救世軍の女と手を握り合って。現在この監督を再研究中である。

六月十二日午前二時二十二分三十七秒。外は、雨、雨、雨。
六月の雨は情緒がないので嫌な雨だ。

0 件のコメント: