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2015年2月27日金曜日

「渡る世間に…」




東海道線は字と字が列車によって向かい合う。
四人掛けだ。狭い、足と足、体と体が触れ合う。

私の隣の老人は、スポーツ新聞の競輪予想面をシワクチャにして見ている(平塚か小田原競輪なのだろう)。
左斜め前の太ったオバサンは短足のせいか履いていた赤いスリッポンのカカトの部分に、脱いだ足をつま先を立ててチョコンとのせている。砂糖をパラパラと落としながら大きいメロンパンを食べている。
誰かに似ているなあーとじっと顔を見たら、橋田壽賀子さんにソックリだった(本人かもしれない)。
私の目の前(つまりトイメン)は三十代中頃のビジネスマン風、ずーっと下を見てスマホをいじっている。無我夢中だから列車が脱線しようが衝突しようが上を見ることはないだろう。 資料がごっそり入った黒いカバンは閉まらずパックリ口を開けている。

私といえばその三人をじっくりと観察させてもらっている。
列車は辻堂→藤沢→大船と進み横浜に向かって行った。
と、その時オバサンが突然スイマセンちょっとおトイレに行かせて下さいといって、半分残ったメロンパンをハンカチで包んだ。

いい感じで一定の秩序を保っていたのだがこれを機会に崩壊した。
オバサンの体は想像を超えて太く、でかく、高かった。競輪の予想面を見ていた老人は、あーあ今日はとことんついてねえや、みたいな顔をして立ち上がった。
ビジネスマン風の男が持っていたスマホを落とした。画面には将棋が写っていた。
きっと詰め将棋をやっていたのだろう。やはりずっと下を見ていた。


私といえばそんな光景を観察しながら立ち上がってオバサンが通りやすくしてあげた。
トイレから戻って来たらまた、おなじ事を繰り返すのだろう。
列車が横浜を通りすぎ川崎に向かってもオバサンは戻って来なかった。
人間は不思議だなと思った。

横浜でお客さんがたくさん降りたので、字と字に座る必然は何もなかったのだが、三人はオバサンが戻って来るのをじっと待っていた。
渡る世間に鬼はいないのを証明したかったのかもしれない。

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