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2015年2月12日木曜日

「鼾」




小説の神様といわれた「志賀直哉」の小説に「剃刀『カミソリ』」というのがある。
剃刀を使わせたら名人といわれた床屋さんの主人がいた。女房と若い者が一人いた。

その日主人は風邪を引き熱を出していた。
一人の男の客が来た。髭を剃ってくれという。
女房はあんた今日は体の具合が悪いのだから若い者にまかせなさいなといった。
主人は大丈夫だ俺がやるといった。客の男に温かな布を当て髭を剃り易くする。
温めている間、愛用の剃刀を細長い革の上で返し返しをしながら切り味をよくしていく。

主人は客の髭を剃り始める、いつしか客の男は大きな鼾(イビキ)をかき始める。
職人気質の高い店の主人は心が乱れる。熱が出て体の調子が悪いのに、俺が剃ってやっているのに鼾なんかかきやがって。
そうとは知らぬ客の男は高鼾だ、そして店の主人のイライラは頂点に達し、剃刀で客の男の喉笛をスパッと切ってしまう。
とまあ大筋こんな小説であったと記憶している。

あるとき、私が敬愛する監督にこの小説を短編映画化したいですね、と話した。
監督はぜひやりましょうといってくれたが、それは実現できなかった。

昨日午後四時半頃、私は床屋さんで大鼾をかいていた。
早朝まで起きていて二時間半ほど寝て起きた。朝八時半に連絡をしなければならないことがあった。二度寝をしようとしたがそのまま起きた。
休日であったが、平塚からハリ・灸の達人が十時に来てくれるといってくれたからだ。
頭を刈ってくれたのは店のご主人であった。起きてシャワーで洗ったので、頭は洗わないでよかった。

途中記憶がなくて目を覚ますと、ご主人のお母さんが剃刀を当ててくれていた。
自分で鼾をかいていたことを感じていた。
何か夢を見た気がしたがどんな夢であったかは分からない。
私は、お母さんにいや〜夢を見ちゃった、ずい分鼾をかいたでしょといった。
時計の針は五時に近づいていた。
お母さんが大きなマッサージ器を使ってくれようとしたが、いいです、いいですよといって断った。

千円札を四枚出してお釣りをもらった。
家に帰りながら「志賀直哉」の小説を思い出していた。
小説の神様もきっと床屋さんに行って大きな鼾をかいたのだろうと思った。

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