近頃、一晩にお客さんが一人も来ない日もあるというお寿司屋さんに一気に11人のお客が入って席が一杯となる、握るオヤジはただ一人。
ビールを入れる人、お酒をつける人、焼酎のロックを作る人、上がりを入れる人、何もかもオヤジ一人。大パニックである。盆と正月とお通夜と葬儀が一緒に来た様な状況となる。
始め嬉しさでほころんでいた顔も引きつりだす。目は血走り、猫の手も借りたいとなる。
棚の上に招き猫が二匹いる。千客万来の掛け軸もこの日は堂々と見える。
オレ赤身、ワタシイカ、ボクコハダ、オイラミル貝、ワタシ赤貝、ボク穴子、オレ中トロ、ワタシも中トロ、オレサバ、オレ車子、ワタシヒモキュウ、オイラトリガイ、オレ白身。
十一人の客が次々とオーダーする。その間に、オレ酒もう一本、オイラ焼酎ロック、ワタシお茶割り、オレウイスキーの水割りと続く。
その頃になるとオヤジはもうヘトヘト、ヘロヘロ、ボロボロ、奥さんがいい人でリーマンショック以来の大不況でお店にお客がバッタリ入らなくなり、生来の心配性が重なって体調を壊してしまった。慈恵医大を紹介してあげた。一人で寿司を食べる時はこの店に顔を出す。何しろお客さんがいないからゆっくり出来るのがいいのだ。
ある集まりがあって寿司を食べるか、となりきっと暇を持て余しているだろうと思ってゴッソリと行ったのだ。人は余りの環境の変化を与えるとやはり副作用を起こす。
11人が十貫食べるとすると百十貫、巻物二本とすると二十二本。それにお椀を入れるという行為が追加されると十一椀となる。
つい、オヤジ手伝おうかとなる。ついでに若いのにお前中に入って上がりを入れろとか、キミちょっとガリを切ってよとか次々と共同作業になる。もうテンヤワンヤである。
好事魔多し、こんな日に限って他のお客さんが来る、入るなりオオ〜満席じゃないなんて驚きの声を上げる。オヤジはヘヘエ〜、ヘヘエ〜とスミマセンと平謝りする。電話が鳴る。えっ五人前ですか、スミマセン今夜はもうシャリがないんもんでスミマセンと泣き声になる。もうヒッチャカメッチャカだ。
先輩ワタシちょっとだけ寿司屋でバイトした事あんですよと言う者が出て来た。
おおそうかそれじゃ中に入ってカッパと鉄火とタクアンとカッパを巻けとなる。ちゃんと手を洗ってよなんて言われる。なんかさぁ〜これってコントみたいだよね、三谷幸喜かなんかの、そう言えばそうだな。「ラヂオの時間」みたいだな。面白いこういうのワタシ大好きなんてよく食べる女の人が言う。
そんなこんなで約二時間と少し、私一人を残して全員お帰り。手が空いたらお土産を二人前作ってと言ったらオヤジの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
むかしは若い衆が二人いて女房も元気でこんな日が何日もあったんですよ。女房に見せたかったなぁー、この間見舞いに行ったらアタシの名が出ないんですよ。医者が痴呆も進んでいるので施設を探さないといけないんですよ。
何だか土産どこじゃねえな、世の中うまく行かねえもんだ。今日は帰る、勘定してくれと言うと七万四千円だった。カードを出すと受けた手に血が滲んでいた。慌てて少し切ったのだろう。
1 件のコメント:
痴呆の奥さんは、施設なんかに入れないで寿司屋に連れもどす。施設に入れても未来も将来も無い。余病を併発するだけ。へたしたら死んじゃう。
旦那や常連客や一元客も巻き込んで痴呆の奥さんを店で働かせながらリハビリしちゃう。
これからの日本は痴呆の人と共存して行かないと成り立たない。
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