ページ

2015年12月10日木曜日

「昨日はイマジン」




ジョン・レノンが凶弾を撃ち込まれて、35年目となった。
昨日は命日であった。生きていれば75才となっている。
現在の世界を見てどんなメッセージを詩にしただろうか。
聖地ストロベリーフィールドは、彩やかな花々とイマジンの歌で暴力によるアメリカ的解決法を断じたことだろう。

私がアメリカを体現したのは1516才になった時だった。
輩が横浜で面白いパーティーをやっているから行こうと言った。
先輩はスカイブルーのタウナスという外車に私を乗せて横浜の夜に向かった。

着いたところは横浜の外れであった。リバーサイドに突き出た店だった。
店の外に大きなアイスボックスがあり、その中にバドワイザーのビール缶やコカコーラの瓶がぎっしり入っていた。

海軍の兵隊のような白人や、革ジャンを着た黒人、ブルージーンズに黒と白のコンビの革靴、リーゼントヘア、背中に龍が縫い込まれたスカジャンを着たトッポイ連中や、ポニーテールのお嬢さん、娘さんが落下傘のスカートを思い切り広げ、Vネックの派手なセーターを着て集まっていた。

店の中は天井に大きな金色の送風機の羽根があった。
その下のフローリングの上に、ゴチャゴチャになってみんなが踊っていた。
ツイストが主であり、バラードになるとチークダンスになり、男と女は抱き合い、キスをし合っていた。
音楽が流れるがバンドはいない、人と人の間から見えて来たのがジュークボックスだった(先輩が教えてくれた)。

なんだろうと思った。
パチンコ台みたいに思ったが近づくとそこにドーナツ盤のレコードが、ロボットが何かを掴んで取り出すように動き選んだ曲が出ていた。
ワンコインで一曲であった。

それぞれに曲名を探しコインを入れる。
エルビス・プレスリーが、ニール・セダカが、パット・ブーンが、リトル・リチャード、ジェームス・ブラウン、ポール・アンカやザ・プラターズ、ハンク・ウィリアムスにハンク・スノウ。
まるで魔法のようにいろんな曲が一台のジュークボックスの中から飛び出て来た。

ソノシートなんかで聴いていた私は、その頃荻窪で丸福や春木屋のラーメン、珍来のギョーザライスと焼きそば、漢珍亭のモヤシメシ、丸信のワンタンメンライフであった。
いまでいうカルチャーショックを横浜で知ったのであった。

先輩がジュークボックスに入れて見ろとコインをくれた。
不思議なことにそこは平和であった。喧嘩も口論もない、あるのは音楽と踊りと興奮であった。夜が明けるまで続いた。
コカコーラを一気に飲むと、大きなゲップが出て鼻から泡が出て、目から涙が出た。

私が初めてジュークボックスで選んだ曲は、デル・シャノンの「悲しき街角」だった。
今ジュークボックスがあったら、ビートルズの「イエスタデイ」を選ぶと思う。
否、やっぱりジョン・レノンの「イマジン」かもしれない。

音楽のあるところに争いはない。
音楽に国境はない、人種差別もない。
あるのはピースだ。

0 件のコメント: