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2018年12月10日月曜日

「あおりへの極意」

あくまでも十代の頃の事である。その年夏休みを利用して三陸に行こうぜと、近海、捕鯨で有名な鮎川港を目指し、友人3人と私の4人でクルマで向かった。当方は小型車であった。当時はトラック野郎大ブームで、ネオン街みたいなトラックが流行っていた。トラック野郎たちは無線で連絡をしながら、こいつと思った車をあおり運転でイジメていた。水戸街道は、トラック野郎のやりたい放題であった。バカな奴等がいてあろうことか私たちのクルマをあおってきた。又、横並びのようになり、畑の中に落とそうとしてきた。私は後部座席から顔を出して、停まれ、停まれと合図した。相手はチトヤバイと思ったのか、仲間に連絡して隊列を増やした。信号で停車したので、小さな道具を持って私はトラックの運転席横の階段みたいのに乗って、道具でバーンと運転席のガラスを叩いた。乗っていた二人の兄ちゃんは、ビックリして、 私が出て来いと怒鳴っても出てこない。信号が変わりトラックは動き出した。私は階段部分に乗ったままであった。何キロか走ったところにドライブインがあり、そこに停めさせた。30代と40代のゴッツイ男たちだったが、道具を持って怒鳴っている私にブルってしまって、スイマセン、スイマセンと頭を下げて絶対にトラックから出てこない。車から出てしまうと、相手になるぞということになり、免許を停止されたりする。10数台になっていた仲間のトラック野郎たちも決して出てこない。トラックに乗ると人格が変わるというか、すべてのクルマを見下ろすので、天下を取った気持ちになると聞いたことがある。気が大きくなり、我が物顔になるのだ。運転席のガラスは少し割れていた。私の友人が水を持ってきたので、それをバシャバシャぶっかけていたら、パトカーが2台来た。事情を説明したら、器物破損だが相手が謝っているので、カンベンしてあげろと言った。当時水戸街道で男女二人乗りのクルマがあおりと横並びされて、畑に落とされるというのが問題になっていた。パトカーの二人はよくやってくれました、そんな顔で、おとがめは何も無しであった。水浸しになった男二人は、ちぢみ上がっていた。 記念写真だと言って、私の友人がカメラで写真を撮った。トラック野郎二人は、ハイチーズの掛け声にも、全く応えず、ブルっていた。 私は白いスラックスにアロハを着ていた。でもフツーの人はすぐ100番を。むかしと違って今はアブナイ人間が多いから。

鮎川港

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