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2020年5月20日水曜日

第65話「私は満席」

私は「満席」である。私満席は各界の興行主さんとか、各業種の店主や支配人、お女将さんたちに大いによろこばれた。今日はお客さま様が満席でよかった。そうですねようござんしたねと、店の看板の灯りを消したり、のれんを外して店の中に入れながら、私満席をよろこんでくれた。店の主人やお女将さんがお店で働く人に、まあ、今日はおつかれさん、冷たいビールでもとなった。日本語の中で「満」という字は、かなり好ましく使われている。マージャンの役満とか満貫。自信満々とか組合運動で給料の交渉満額解答。桜の花が満開とか、刑期満了、定期積立満期。他に満々とある、嫌な使われ方と言えば“満員電車”位だ。今はどこもかしこも閉店が多い、店を開けていても、満席なんて夢のまた夢だ。これからはソーシャルディスタンスとかで、口角泡を飛ばして議論風発なんて許されない、またお客も好まないだろう。マスクをした者同士が、マスクを外しては飲み、またマスクをする。またマスクを外しては酒の肴を口にする。奇妙なシーンが新常態となる。あ〜嫌だ嫌だの世の中になるのだろうか。昨夜映画「白と黒」を見た。脚本が橋本忍、監督は堀川弘通である。主役は小林桂樹と仲代達矢。当時の名優たちの名がズラリズラリとクレジットに出る。お〜久しぶりみんないい役者さんばかりだった。でもみんな死んでしまったなあ〜と思った。おっ、まてよ一人生きているぞと映画を止めた。「大空真弓」さんだ。当時は東宝の新人だったのだ。私満席が十代の時にこの映画を見たのだから、大空真弓さんはもうかなりのお歳だろう(女性に年令は禁物)確か七度位癌の手術をしたはずだが、常に前向きで明るく、知的で強い女性だと、神楽坂の焼鳥店に通う先輩に聞いた。その店は“○△ちゃん”と言って、著名人、芸能人、文化人のお客さんでいつも満席であった。大空真弓さんも通客であった、壁にサインした色紙があったのを、憶えている。映画での役は仲代達矢演じる若手弁護士の恋人役だった。(とても美しかった)この弁護士には愛人がいた。昭和は愛人の時代だ。夫は老弁護士で、若手弁護士はその先生のところで働いていたのだ。ある夜ベッドを共にしたあと、話がもつれて首をしめてしまう。そしてその場から逃げる。キャーッ死体を見つける、(夫人宅の女中さん)ところがすぐに犯人逮捕となる。その夜殺人現場近くでドロボーが捕まったのだ。若手弁護士はビックリする。担当になった検事(小林桂樹)は自白をさせる。が、詳しく調べるとどうも犯人は別にいるのではと思う。ドロボーの弁護士になんと、若手弁護士の事務所の先生、つまり殺された女性の夫が受けることになる。さあ〜この先は松本清張的ワールドになる。それは黒い世界だ。昭和の時代は、私満席の世界でもあった。満席の飲み屋、満席の喫茶店。満席のパチンコやビアホール。出世がからむ検事は自白を強要している。もし若手弁護士が自分が調べたように真犯人だったら、検事としての地位はパーになる。アスファルトではない砂利道の先にある旅館。暗い路地、千駄ヶ谷駅、ギューギューの満員電車、社宅に文化住宅。カーラジオからファンキーな音楽、大金持の娘、その娘と結婚して名を成したい若手弁護士、出世が近い敏腕検事。事件の先の白と黒とは。私満席は松本清張的映画の大ファンである。故三島由紀夫は文壇の中で、いちばんジェラシーを感じていたのは、松本清張だったと何かで知った。映画は見てのお楽しみだが、令和の時代でも冤罪は生まれる可能性はある。浮気や不倫は事件を呼び、人生を崩壊させる。検察庁の人事の法案があったのでこの映画を選んだ。1963年製作テレビは白黒であった。私満席の家にも小さな白黒テレビがあった。何故か画面の前には緞帳みたいのがあった。メーカーはゼネラルテレビだったはずだ。(文中敬称略)
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