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2014年3月12日水曜日

「三月十二日に思う」




昨日三月十一日午後二時四十六分、あなたは何をしていましたか。

〇歳の子は三歳となり、七歳の子は十歳になり、五十七歳の人が六十歳になり、六十七歳の人が七十歳になり、七十七歳の人が八十歳になり、九十七歳の人は百歳になっている筈です。

あの日恐竜と化した海は、今何事もなかった様に静かに青く光っています。
野獣と化した大地には何も無くなっています。

あの日から数ヶ月はやれ炊き出しだ、やれ水だ、米だ、パンだ、缶詰だ、衣服だ、ボランティアだ。ボランティアだと集った人々は激減した。
私も衣服類と、いくばくかのお金を送ったりしたのだが、それは自分自身への気休めに過ぎない偽善的行為だった。

何をしていいのか本当のところ分からない。
PTSDとか、鬱病により自殺する人が後を絶たないと聞くと胸が痛むのだが、何をしてあげていいのかが分からない。また何をすべきかさえ分からない。

鬱を体験した人は決して被災地に行ってはいけないと医師は言う。
何故ならその惨状を見たら決定的な鬱となってしまうからだと言う。

三月十一日を題材に写真を撮りまくった写真家、詳細にスケッチした画家、ドキュメンタリーフィルムにした映像作家、劇映画にした映画人、小説に、エッセイに、テレビドラマに、歌に、詩に、短歌に、それぞれの分野の人がそれぞれの形にしていた。
哲学者と宗教家は延々と語り合った。何もかもが答えの出ない事であった。

それは、それをする事により、自分自身を慰め癒やす事ではなかったのではないか、そうでもしないと自分の中の自分が破裂して分解されてしまうからではないかと思う。

私も三つ歳をとった。
被災地の人々は「忘れられる事がいちばんの恐怖だ」という。
私は何をすべきか、出来る事なら誰か何をしろ!と命令してほしい。
命令されたからと言って、ウルセイ!黙ってろなんて決して言わない。
心底人の痛みを知り、人を癒やすという事は人間には出来ないのかもしれない。

せっかく世紀の発見!といわれたSTAP細胞について、若い学者のアラ探しをしている。
あらゆる学会の常識で若い才能は徹底的に潰すらしい。
寄ってたかってイジメ抜きをしないと、学界中で村八分にされるからだ。
 こちらは何年経っても変わらぬ学閥権威主義だ(東大、京大が早稲田にしてやられる訳にはいかねんだと)。

3.11の時、とっかえひっかえ出て来て原発は安全安心ですと言ってた学者たちは、今何をしているのだろうか。生きていれば三つ歳を加えている筈だ。

私の敬愛する演出家が難病と戦っている。
いち日でも早く再生医療が始まる事を願っている。
もしかして他の遺伝子細胞を作っている人々が、STAP細胞を作っている人々を×××にしてやるなんてと、穿った事を思ったりしてしまう。

悪魔はモナリザの如く優しく微笑するという。

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