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2010年1月13日水曜日

人間市場 干し柿市篇



その人の名を神崎東吉という。

幻冬舎を定年となり同士たちと無双舎という出版社を立ち上げた。近頃出会った人では出色の人である。

すこぶる柔和、すこぶる鋭い、すこぶる官能的、すこぶる気配り、なにしろすこぶるだらけの人なのです。

父君は直木賞作家。その血を色濃く受け継いでいます。一度私が書いた小説の原稿を読んでもらったら、真っ赤に直され血だらけとなりました。原型をとどめないものとなりました。私の原稿をあそこまで真っ赤にしてくれた人は後にも先にも神崎東吉さんです。あそこまで直されると何かとっても気持ちがいい気分です。ジムでたっぷり汗をかいて体に溜まった毒素が毛穴から出た後の爽快感です。

よく小説家は編集者が育てるといいます。新人の作家などは突っ返された、見る影もなくなった自分の原稿を見て自信喪失、インポ、生理不順、ヤケ酒、カラミ酒となってしまいます。この原稿ボツ、これもボツ、これもボツとなるのです。編集長がオイ、ボツボツいいの見つけろなんて怒鳴るのです。

神崎東吉さんは薄い髪で小太りです。一見優しいのですが目が魔の様に鋭いのです。今三冊の本を一緒に進めています。山梨県に縁があり先日「枯露柿」という干し柿を送ってくれました。これが何と美味しい事か、例えは悪いが豊満な女性の密かな部分の様。たっぷり肉厚、深い割れ目。決して甘過ぎず気品あふれ一口歯を入れれば粘りが強く抵抗する。元華族かなんかの家柄のいい少し年を召した女性。服の下の体はグラマラス、下腹部には少し肉が付き甘味を帯びた香りを放つ、ルノワールの裸婦の一部分が干し柿になった様なのである。高貴なる淫靡とでも表現しておく。

市田柿とは一線を画す。一度ぜひ食して欲しい逸品である。

この間久しぶりに中学時代のクラス会があってさ、二十人位集まったよ。

あいつ憶えてる?みんなで追っかけたあのクラス一番の美人、すんげえ変わっちまっていてさ驚いたよ。すっかり痩せてやつれてさ、そうまるで鄙びた干し柿みたいだったよ。人間あそこまで変わるかな、当たり前だよ。三十年も経っているんだから。そうだよな、月日は残酷だよな。

顔なんか厚化粧で白い粉が浮いていてさ、目尻なんか下がってたるんでんだよ。

判った判ったもう止めろ、酒が不味くなる。だから俺は行かないんだ、人生長くやっていれば色々あってしんどい、辛い思いが顔に出るんだ、お前だって見られたもんじゃないぜ。すっかり鄙びた干し柿みたいだぜ、ぺったり長い顔に縦皺だらけさ。よせやい、干し柿だなんて。昔読んだ古典にこんなのがあった。

絶世の美女に恋をした男がいた。その美女は不幸にも死んでしまう。男は悶々とした日々を過ごす。そしてある日美女の墓に行く。どうしてももう一度あの美しい顔を見たい、そう思い一心不乱に墓を掘るそして美女を見つける。しかし美女はすでに白骨となっている。男はその白い骨を集め箱に入れ持ち去る。

それから数年後あるお寺で修行を重ねる一人の僧侶がいた。その僧侶は骨を持ち去った男であった。自らの一生を美女の為に供養する事を決めたのだ。

美女と男は一度も言葉も交わした事のない間柄であった。

1 件のコメント:

sakon さんのコメント...

干し柿が干し柿でなくなる表現ですね。食べたく、食べたくなります。いろんな意味で。。笑