私が通勤する駅は東海道線辻堂駅である。
快速は止まらないのでその時は茅ヶ崎駅である。
辻堂駅は海側の南口、山側の北口、西口がある。
南口、駅を降りて左右に小さな商店街があるだけだ、店は極めて少ない。
前に海方向を見て右側の商店街に花屋さん、お客さんが入っているのを見た事がない洋品店、何故か恐いおじさん店主が店の前に立っている。
おじさんが立っていると余計お客さんが入って来ないよと一度言ったらぶ然とした。
その隣に小さな本屋さんと文房具屋さん、その隣にカウンター10人掛け位のお寿司屋さんと二列対面型カウンターだけのやはり10人掛けのラーメン屋さんがある。
このお寿司屋さんとラーメン屋さんは実は兄弟でやっている。
隣同士が裏で行き来出来るのだ。
ある日はお寿司屋さんがラーメン屋店主に、又ある日はラーメン店主がお寿司を握っている。又ある日は一人で両方をやる。
昼はラーメンを作っている人が夜は板前になる。
丁度歌舞伎の早変わりの様に黒いはっぴを着たり脱いだり、白い料理人服に着たり脱いだり変化する。
おやじ赤身と白身と光りものとオーダーに応えながら隣に行きおじさんラーメンとタンメンとサンマーメンなんてオーダーに応える。
極めてテキパキと行ったり来たりする。タンメンが旨いので二・三度行った。
お寿司屋の方はある日入ってマグロの赤身を頼んだら鮭のルイベの様な冷凍状態みたいになって出て来た。
何だこれ、まだ解凍出来てないじゃないか、まるでルイベだと怒ったらそんじゃ金はいらないと怒って喧嘩になった。大人気ないので帰ってその日以来行ってない。
ある日ラーメン店に入るとその板前がタンメンを作っていたので知ったのだ。
体がでっかく怒りっぽい。寿司よりタンメンの方が旨いじゃないかと言うと眉間にシワを寄せてブツブツ言ってた。
でも何だか一日中に一人二役出来るなんて楽しそうだなと思った。
一度洋品店のオヤジさんと隣同士になった。なんで店の小さな入り口の前に恐い顔をして立ってんのと聞くと、判んねえ、初めの内はレジの処に座っていたのだがあんまり客が入って来ないのでこれでも店の前に出て愛想笑いでもすれば一人位お客さんが来るんじゃないかと思って気が付くと外に立っていたんだよ。
隣の寿司屋は北口にある和田葬儀社と親戚らしいんだ。
だからお通夜の時の寿司も一手に引き受けているからいつだって繁盛だ。最近は老人がどんどん亡くなるからね。
そして更に老人社会だから。最も最近は予算がどんどん削られているらしい。
それじゃお通夜の席にラーメンとかタンメンなんて時代になるかもねと言うと、まさかそんなと言った。夏物のスリッパ売ってると聞くと有りますよと言った。
その後、店に入って夏物のスリッパを五足買った。店内は暗く、ジジ・ババが着る独特の洋品ばっかりであった。
一人二役といえば、男と女を愛せるバイセクシャルの男がいる。
結婚して二人の娘さんがいる。歳は五十二歳、どこにでもいる平凡な男だが十代の頃から非凡な才能を発揮して来た、仕事でも変な世界でも。
今はある会社の社長(男)が愛人であり、他にも二、三人付き合っている男がいる。又、人妻と未亡人と若い娘とも遊んでいるという。
よく体が持つねと聞いたら全然持ちません、薬頼りですよと言った。
バイアグラかなんかと聞くと、まあそんなもんですが、まあいいじゃないですか病気ですからと悲しい顔になった。
その「男・女」が先日死んだ。HIVであった。別にお焼香に行くほどの関係ではないのでお通夜にも行かなかった。最も今頃の流行の直葬であり家族だけの秘かな通夜、告別式であったという。お寿司もラーメンもタンメンも無用であった。
その土地では名のあるサーファーであった。
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