多数の友を持つ者は、一人の友をも持たない。(アリストテレス)
「俺さ、500人超えたよ」
「俺なんか1000人を超えたぜ」
ある場所で知人と一杯飲んでいたら、私の隣で二人の会社員が話をしていた。
袖すり合うも他生の縁。
それって何の話、と聞けば「フェイスブック友だち」の事であった。
私にはチンプンカンであった。
“友だちになりませんか”と呼びかけ合ってお互いの情報を交換するらしい。
ネット上であれを食べただとか、どこへ行っただとか、こんな映画観たとか、
走ったとか、歩いたとか、あの本読んだとかを細々とやり合うらしい。
つまりは本当の友だちではない友人関係(?)だという。
私には全く分からない世の中になってきた。
一緒にいた知人が「私の知っている会社では、会社に面接に来た人間のフェイスブックやその父親や母親、兄弟、姉妹などのフェイスブックを徹底的に調べてしまう」と言った。
それは法律違反でしょう、と言ったら、今は無法状態、そんなのは当たり前なんですよ、といわれた。その家族のルーツ、親たちの性格や家庭内事情まで丸裸にしてしまうという。何と恐ろしいではないか。星海社新書から「中身化する社会」(菅付雅信著)が発売されていると聞いてメモを取った。広告文には“丸裸社会を生き抜く術”と書いてあった。
酒がつくり出した友情は、酒のように一晩しかもたないという。
敵を作らざる者は、決して友を作らずという。
人生の内で、一人でも親友が持てたら最上の人生だともいう。
それほど本当の友を作るのは難しい所業なのだろう。
ある参議院員の先生から選挙のお手伝いを頼まれた。
その先生はフェイスブックはとても恐いので使いませんといわれた。
ネット選挙は丸裸合戦となるのだろう。
見たくもない、知りたくもない、スキャンダルと誹謗中傷のオールヌードになるだろう。
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