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2014年2月28日金曜日

「江戸むらさき」




三寒四温、一雨ずつの暖かさ。
今も昔も季節の営みは大きく変わらなかったのだろう。
ただ人間たちが異常に文明を進化させてしまったために、異常気象は当然の様に起きている。

しかし大筋では日本ほど春夏秋冬を楽しめる国はないだろう。
万葉集を生むほどの美しさはどんなであっただろうか。
出来る事なら一度タイムスリップしてみたいと思う。

明日から三月である。
二月はなんとなくじっと屈み込んでいるみたいだが、三月と聞くと気分は一気に春模様となる。

二十七日訳あって江ノ島神社へ行った。
その帰り、江ノ島駅から藤沢駅まで小田急線に乗ることにした。
丁度電車が出た後で、十数分ホーム入り口で待つ事とした。
両手にストックを持った六十代から七十代の人が五人居た。
男三人、女性二人。午後一時を過ぎた頃だ。

ストックは杖替りなのだろう。きっと江ノ電巡りをしていたのだ。
「ぶらり途中下車の旅」という長寿番組があるが、江ノ電は人気路線の一つであるらしい。こ

の日は前日と違い、朝からどんよりしていた。
天気予報では夕方から雨が降るとの事だった。灰色の江ノ島というのも中々良い風景だ。

ホームの上で女性二人が一枚700円もする大きな海老せんべいをボリボリ齧り始めた。
顔より大きいせんべいを上から下へバリバリ、ボリボリ、ボリバリ、バリボリ齧り続ける。恥ずかしいという心をとっくに忘れている。
せんべいの真ん中に大きな赤い海老が焼き付けてあるのだが、たちまちその半分を齧り尽くす。

一人は泉ピン子風で、一人は樹木希林風だ。
やおら私の顔を見てニタッと二人は笑った。
オバチャン春だねと言ったら、あらやだ未だ二月よと言ってガハハハと笑った。情緒感がありそうもないのでそれ以上声を掛けなかった。
遅いわねあの人、いつもノロノロしてんのよと言った。
どうやら友人を待っているらしい。一人の男が放っとけばいいよ、先に行こうと言った。

私は小田急、ご一行は江ノ電だ。
海老せんべいはあと3分の1位になっていた。大きな笑い声が遠のいていった。

かつて江ノ島神社には橋がなく、引き潮の時に歩いて渡った。
粋な男とぞっとする様な美人が手と手を取り合って島に渡る。アラッこんな美しい貝がなんて言っていたのだろう、ホラッ今日は富士山が北斎の絵の様だなんて言っていたかもしれない(そんな風景図があるのだよ)。

その日相変わらず島では、サザエの壺焼、イカの丸焼きや蛤みたいな大きな貝を焼くお醤油のいい香りがしていた。ただゾッとするほどストックを持ったご一行が多く居た。
三月から四月、鎌倉あたりの花見の季節になると、江ノ島の旅館に泊まりバスで鎌倉に向かうのが大人気なのだ(中国人も多く来るらしい)。

顔なじみのシラスコロッケを売っているオジサンに元気かいと声をかけたら元気なんかねぇーよと言った。いつも愛想のないオヤジだ。

夜になると予報通り雨が降って来た。一雨ずつ暖かくなる。
どんなに懐が寒くてもちゃんと季節は暖かくなる。

いつも懐の暖かい人ほど、季節の移り変わりに鈍感だという。
つまり感受性が貧しいのだ。
長屋の江戸っ子や浪花っ子は最も感受性と感情が豊かであった。
いつも金欠だが底抜けに明るく人情味ある主人公の落語はそこから生まれたのだ。

何はなくとも「江戸むらさき」というから、岩海苔を一瓶買って帰ろう。
今夜のディナーはそれだけとするか。そんな思いをした二月の終わりであった。

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