たった一人のチャイナヒゲの中国人料理人が、顔は笑いながらも飛び散るナスやキャベツや八宝菜で火傷しつつ限界に挑戦している夜だった。そこはまるでかつての料理番組、料理の鉄人を一人だけでやっている厨房だった。
八月十三日、娘たち息子たちそして五人の孫たち十一人(一人は四ヶ月の赤ちゃん)と老林という中華店に行った。
凄く美味しいのに場所が離れている上、駐車場に三台しか停められなく、いつもはよくて三分の一位の入客であった。
お盆休み、まあもしかしたらと思い一応予約しておくかと息子が六時半にと予約を入れた。四時頃に電話した。
で、六時半に店に行くと何やら人がたくさんいるではないか、階段を上がり二階に行くとお客さんは大盛りで溢れているではないか。六人から十人座れる長方形のテーブル十台がギッシリ。
入口のキャッシャーの前に短パンにTシャツの眼鏡を掛けた萩本欽一さん風のおじさん(60歳位)、その奥さんらしき人、娘小学四、五年生位一人、それとゲストだろうかトンガ人みたいなでっかい男とその妻風、やはり小学生位の男の子一人と女の子二人がまだかまだかと待っている。他に三人組と四人組どうやら予約を入れたのだが店がミスをしたらしい。
そこへ私達一行が入ってきて奥の十人掛けに直行した。
フロアには中年太りの五十五歳位のおばさん(石井ふくこ風)と黒いトレーナーが動き回ってお尻の割れ目が出てしまっている四十五歳位の日本人女性(現代の山本リンダ風)、もう汗びっしょり、あんまり役に立っていない子豚の様な二十五歳位の日本人(ピンクの電話の太い方風)座っているお客は、もうこれもこないあれもこないのシュプレヒコール。
我々の隣には中年の女性四人と全員アロハの男性六人。やはり今か今かと目が血走っている。
な、なんでなんだ、オ、オ、オレはナ、ナ、ナカダなんであっちの人間が先に座ったんだと凄い怒声。
石井ふくこ風がノートをめくり確認する。予約入ってませんが、何、何いってんだオレが電話したんだバカヤローふざけんなとなった。
そこへ厨房から大ブタの様な三十くらいの男(松村邦洋風)、耳に変なピアス、手には野菜の束を持っている。
オイ、生ビールまだ?すいませーん、ピータン、ザーサイ、焼きそばマダァ?青菜チャーハン、回鍋肉、鉄板餃子、小包、五目おじや、カタ焼きそば、麻婆豆腐、紹興酒、白ワイン、焼酎ロック、シーフードビーフン、ダック巻き、酢豚、八宝菜炒めマダァ〜?マダァ〜?マダァ〜?と隣の男女。出っ歯で出しゃばり、仕切女(泉ピン子風で酔っ払っている)陽灼けした色黒の女たち、まあよく頼んだ事。オーダーしたメモを読み上げる。
入口ではもういいバカヤロー、二度と来るかとトンガの家族を連れて出て行く萩本欽一さん風泣き声になっていた。
こうなると愚妻や娘、息子が私が隣に向かってウルセイババァ静かにしろという事当然状態となり高校野球の話など持ち出して私の気を紛らわす。孫の手前がありじっとこらえる。仕方なく自分で頼んだ生ビールを入口の方に取りに行った。
周りはアロハにジーンズ、ビーチサンダルの人相のはなはだ悪い男が一気に厨房に向かったので固唾を飲んでスワッいよいよかと視線が集まった。厨房の中では料理人が中華鍋で大量のチャーハンを作って手で少しつまんで味見をした。
そして私と目と目が合った。汗びっしょりの顔で笑いながら「イッツモアリガトウゴゼイマス、キョウハオキャクサンタクサンウレシイノコトヨ」みたいに言った、ずっと昔他の店に居た時からの顔見知りだった。
料理人四人が放射能が恐いと言って帰国したまま戻って来ないのだ。
「燕」さんといった。スイマセーン子供がお腹空いたって泣いているんですけど早くシテヨォーと大声がした。黒いジャージーの女性のお尻の割れ目が更にクッキリとしてきた、一人で店内を走り回った。ますますゴムが緩んでしまったようだ。我々が料理を口に出来たのは八時十分であった。孫たち五人は寝てしまっていた。みんな待ちくたびれて食欲を失っていた。
隣ではウルセイ、ダセイ、胃袋みたいな女共がよくまあ食べるものだと感心する程食べまくり、飲みまくり、ダベりまくり、笑いまくっていた。その後どんな寸劇が起きたか私とは思えないお盆休みの始まりであった。
ご想像におまかせします。湘南鉄砲通り始まって以来の事が起きたのです。
主犯は決して私とは限りません。
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