桐野利秋 |
すぐ隣にニンニク臭い息を吐く人がいても大丈夫。
また、オナラを一発二発されても全然大丈夫。塩豆、バタピー、柿ピー、さきイカ、サラミも何とか我慢出来る。が、どうしても我慢出来ない臭いが香水のかけすぎの男です。
東京駅発下り、小田原行き湘南ライナー、二十二時三十分発であった。
夕刊2紙を100円で買って乗り込んだ。列車の中は殆ど満席であった。
すでにアルコールの臭いや仕事疲れの汗や体臭でムンムンしていた。
また、蒸し暑かった。
列車の中間位に一つ座席が空いていた。
窓際には35歳位のヒゲの濃い神経質そうな男、盛んにパソコンを打ち込んでいた。
オッ、空いてて良かった。オッ、セコムしてますかじゃない、パソコンしてますかなんてお気軽気分で座った。
さあ、夕刊でも読むかと思った時、強烈なオーデコロンの香りが一気に私に襲いかかり包み込まれてしまった。
シマッタ、パソコンを打ち込む男の目は死んだ魚の様に白濁していた。
無論輝きはない。パソコンの画面にはグラフがあった。
オーデコロンの香りというか異臭はすでに私の鼻の穴から遠慮容赦なしに入り込んで来た。新橋—品川で私はクラクラ状態となった。
席を移りたいが空きはない。
夕刊を読んではいるのだが、内容まで読み込む集中力はない。
全身の神経が鼻の入り口にある。
川崎辺りで頭が虚ろになり、横浜につくと全身が拒否反応を示しだした。何の香水ですかなんて声をかける余裕はない。男はパソコンを打ち込み続ける。
次の戸塚までに完全にグロッキーとなった。
残る駅は大船、藤沢、辻堂だ。
後二十分余、ガンバレ、ガンバレと我が身、我が鼻を励ますのであった。
戸塚で最終的限界を感じた。
いっそハンカチで鼻を隠すかと思ったがそれも失礼だなと妙に紳士になった。
列車の中場違いな様に日本語の後に英語のアナウンス。
ネクストオオフナステーションなんちゃって。きっと男は小田原まで行くのだろうと思った。
列車は大船駅に着いた。男は降りる気配はない。
ホームから発車のベルの音、男は窓の外を見ると、バタッとパソコンを閉じ、足の下に置いてあった茶色の革のトートバックを掴み、スミマセンと言って私の足をまたぎ、ダァーっと出口に向かって行った。
私はふぅーと大きく息を吸った。
空いた席に男の形をしたオーデコロンの香りが見えた。
私も朝シャワーを浴びた後、微香性のものを少しかける。
佐賀の武士道が生んだ「葉隠」の精神は、武士たる者は一日一死、朝起きたら身を清め、毎日洗った物を身につけよと教える。死んだ時みっともない事は駄目だという心得だ。
日本国最後の内戦、西南戦争の時、人斬り半次郎といって怖れられた薩摩軍の指揮官桐野利秋は敬愛する西郷隆盛と共に戦い敗れ首を落とした。
その桐野利秋の首からオーデコロンのいい香りがしたと伝えられている。
それ以後武士たちは桐野利秋に倣ったといわれる。
私はこの話をずっと心に置き続けている。
桐野利秋のつけていたオーデコロンは後輩の辺見十郎太が留学先で買い求めて帰ったお土産だったという。武士道は死ぬ事とみつけたり(葉隠)。
1 件のコメント:
まさに香害ですね。
香りの好みは人それぞれなので
迷惑をかけないように
気をつけたいですね。
コメントを投稿