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2013年8月29日木曜日

「女性でもバカ野郎」


イメージです


バカヤロー驚かすなとオジサンは飛び上がりつつ怒鳴った。

手には「朝の茶事」のペットボトルを握っていた。
オジサンを驚かしたのは、年の頃は三十五・六の女性だ。

茅ヶ崎発上り東京行き、通勤ラッシュが終わった後の列車に私は乗った。
車内はかなり空いていた。私は午後からの打ち合わせ用に沢山の資料や画集やらを二つの紙バッグに入れて持っていた。
空いていたのでトートバッグは足元に置き、大事な紙バッグは脇に置いた。

私の対面にいる女性は大きなバッグを脇に置いていた。
バッグの中が見えるか見えないか半透明になっていた。
市原悦子を若くして、つけまつ毛をごそっと付けた感じだった。
お決まりの様にスマホとおぼしきものに目をやり指を動かしていた。

その女性と少し空いた処にオジサンはいた。
年の頃は五十七・八だろうか。グレーのスラックスにボタンダウンの白いワイシャツを着ていた。茶色のカバンを抱くようにしていた。目をじっと閉じていた。

その日は茅ヶ崎のTSUTAYAにレンタルしたDVDを返却したので茅ヶ崎から乗ったのだ。
辻堂を通過し藤沢に近づいた時に突然というか、いきなりというか何かが気に入らなかったのか、女性の脇に置いてあるバッグが猛然と吠え始めたのだ。

グワァン、グワァン、ウォーと。
そりゃだれでも何事が起きたかと思うではないか。
半透明の中で薄茶の生き物というか、犬が吠えまくってバッグを揺さぶっているのだ。
犬種は私にはわからない。平泉成を細くしたようなオジサンは「朝の茶事」のペットボトルを落としそうになりながらバカヤローと怒鳴ったのだ。

私はそれが滅茶苦茶おかしくて笑いがこらえられなくなってしまった。
通勤快速はスピードアップだ。私は笑いがどうにもこらえられず様々な工夫をした。
新聞紙で顔を隠し、口の中に手の指を三本くわえるのが一番効果的であった

。犬は女性が◯☓ちゃん、メ、メ、メみたいにおまじないをしてすっかり静かになっていた。近頃、犬とか猫とかを連れて列車に乗る人が多いのは知っていたが、突然あれほど吠えた例はなかった。犬はいい気持ちで悪夢でも見ていたのではなかろうか。

その後オジサンも静かになった。女性はハナから何事も無かった様子であった。
私はずっと笑いをこらえていた。

前夜に味わった大好きなお椀に入っていた鯛のカブトの鱗がきちんと取れておらず、喉にへばりついて取るのに難儀した。喉がやけに痛いのを思い出したら笑いを忘れた。

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