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2018年9月10日月曜日

「永遠と一日」

南に豪雨あり、中、四国に豪雨あり、大阪地方に超台風あり、東北、北海道に豪雨と大地震がある。日本中が荒乱している 。さて、東京はと言うと、電気の無駄遣いの典型、フジテレビが27時間休みなしのバカバカしい放送をしている。そのバカバカしさを時々見ている自分のバカさ加減に、ハッと気がつき何かをせねばならないと思った。クーラーの下の机の上の写真がやけに色が変わったと気がついてよく見ると、水が染み込んでいた。もう30年近く使っているクーラーが壊れて、水がポトポトと滴り落ちていたのだ。こりゃやばいと思い電気屋さんへと思ったら、もう店じまいをしていることを思い出した。街から電気屋さんが消えてしまったのだ。仕方なくなんでもやってくれるという特別な才能を持っている人に来てもらった。う〜む、こりゃもう限界ですね。とりあえずホースの中の通りを良くしておきましたが、限界ですと通告された。もう少しだけ頑張るように頼むよと言った。休日家にいるとアレコレ仕事以外の電話が入る。そのどれもが限界に近い話ばかりだ。老人性痴呆症、不安神経症の話。詐欺にかかって泣きが入っている人。癌を宣告された人、親子の縁、兄妹姉妹の縁を切った話、義母の延々と続く長電話にマイッタと言っている人、我が家のクーラーと同じことが、大なり小なりどの屋根の下でも起きているはずだ。かなり気分がダークになったので床屋さんに行ったら、パア〜と明るく現代的にリニューアルしていた。なんだか気分が良くなった。床屋さんに行くとサッパリする。家に帰り旧作映画を2本見た。一本は「罪と罰」もう一本は「雨の朝パリに死す」。質屋のゴーツクバアーさんを殺した、人に優しい男の恋人の寛容さ。貧乏人にこそ気高さはある。「雨の朝パリに死す」のエリザベステイラーは若々しくて美しい。 この映画の中で新聞記者だった帰国兵士が、日本は天皇制を守ってやれば無条件降伏するさと 、バーボンを飲む。アメリカ人にとっては日本との戦いは、アパッチやスー族と戦った西部劇のような気分だと思わされる。その後 NHK の「藤田嗣治」のドキュメントを見た。1920年代のパリ、浮世絵から学んで生んだ、白い裸婦の絵、日本の画壇から、イヤガラセと酷評、そして戦争画家へ。壊れてしまった自分を癒した故郷の風景と愛妻、そして“フジタ”はテープに遺言らしきことを語る。命の終わりにあってもパリのエスプリは忘れていない。それでは皆さんさようならと去っていく。その後もう何度も見ている名作「永遠と一日」を見た。老詩人に一人の若い女性が聞く。「明日への日時って(?)」詩人は言う。永遠と一日。1日24時間を一人ひとりが、生きている。絵に描いたような幸せの中で生きている人は、実はいない。クーラーからの水はひとまず止まっている。



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