お相手は32歳年下のセクシー美女。明石家さんま密会。
いいじゃないですか。独身さんまの恋愛、ウラヤマシイではないですか。
銚子駅構内のセブンイレブンの中に置いてある雑誌の表紙に書いてあった。
私といえば銚子名物「ぬれ煎餅」と、銚子名産「さんまの日干し」を手にしながらルーツ・コーヒーブラック缶を買っていた。
銚子電鉄倒産の危機から生まれた奇跡の煎餅とパッケージに書かれている。
銚子にはヤマサ醤油とかヒゲタ醤油という名門がある。
その味を活かす方法は無いかと知恵を出した結果、名物は生まれた。
歌舞伎揚げを2.5倍位にした大きな煎餅を一度揚げたのを醤油につけるという、煎餅界の常識と掟と食感を全て変えてしまった。ポリポリとかバリバリとかパリパリは一切なし。
二つに割る時パキッという音はしない。音無しの構えだ。グニャと割れる。
恐る恐る一口噛むと、グニョーとする。長い間の煎餅界との付き合いがここで絶たれる。なんだかな〜これってと思いながらグニョグニョ食べ進むと、じわぁーと焼け焦げたような香りと共にお醤油の味がしみ込んで来る。一度知ったら別れられない奥深い味だ。
若い時初めて知った年上女性の濃厚かつへばりつく味だ。
ああ、これはなんだ、なんなんだと列車の中で二枚も食べた。
明石家さんまは歯並びのいい出っ歯で美味なるものを齧ったのか。
一度仕事をした時、撮影に二時間当然の様に送れて来た。
ある通信会社の社長たちが花束を持って待っていた。“エライスイマセン”(謝るという概念はハナから持っていない)、ドコドコで撮りハルの、ヤロ、ヤロ、ハヨ、ヤロと言ってメイク室へ。
それでもさすがにプロ、遅れた二時間分をキッチリ埋め合わせして一年分を撮り切った。凄腕のプロデューサー立花守満氏が見事に仕切った(約束は確か十時間だった)。
スタジオ丸ごと借り切って、第一から第二へ、第二から第三へ、そして二階へ。
頭の回転力、お笑いのプロとしてのサービス精神、言葉の発信力、女性にモテるオーラの全てを持っていた。
キャッチフレーズは「日本一しゃべる男の。」であった。
達人、岩崎俊一氏が書いた。明石家さんまは、バリバリ食べるといい味の煎餅。
銚子の「ぬれ煎餅」はその真逆。逆もまた、真なりというから、銚子電鉄を救った逆転の発想、その土地を生かした商品開発に乾杯であった(お酒の友としてもいい味)。
知らずにいた私が恥ずかしいのだ。
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