嘆きのピエタ |
イノセントガーデン |
礼儀を知らないオヤジと礼儀正しいオヤジさんに出会った。
十一時十二分、品川駅から熱海行きの列車に乗った。
かなりへたばっていたのでグリーン車に乗った。
霧雨がジトジトと降っていた。
車内は蒸し暑い。
もしかして座れないかもと思ったら三つ四つ空いていた。
私は真ん中近く通路側に座った隣には赤い顔をしたオヤジがメガネを少しずらし完全に眠っていた。目の前の雑誌とか新聞を入れる網の中に宝缶チューハイが入っていた。
夕刊紙も入っていた。
安藤美姫に第三の男とか、父親は◯☓だ、☓△だのでっかい見出しがあった。
当分この話が続くだろう。私はジャケットを脱いで目の前のフックに掛けた。
斜め前には黒いスパッツに黒いピンヒールを履いた二十七、八歳位の女性がいた。
ひたすら携帯をいじっていた。川崎を過ぎた頃、気がつくと足が浮腫んできたのか靴を脱いでいた。
頭の毛しか見えていなかった前の席から、五十二、三歳位の会社員風オヤジさんが振り返り私に向かって、すみません座席を倒してもいいですかと聞いてきた。
とてもいい人だったので勿論いいですよと言った。
実は目一杯倒されるとかなり窮屈になるので私は好きではない。
余程礼儀正しい人間でない限り、黙ってギューと倒され、組んでいた足がつったりしてしまう事がある。兎に角蒸し暑かった。
隣のオヤジはゴーゴー、グアーグアー鼾をかいている。
列車は横浜を過ぎ戸塚を過ぎ、大船に着いた。
オヤジは急にガバッと起きた。私は読んでいた新聞を手にして立ち上がった。
足元に置いてあったバッグも手にした。オヤジはソコノケよみたいに、わざわざ立ち上がってやった私に、ひと言も言わず降りて行った。
久しぶりに映画を二本観た帰りだった。
一本は「イノセント・ガーデン」、一本は「嘆きのピエタ」二本とも韓国人監督の作品であった。
日比谷から渋谷文化村への移動で疲れていたのと、殺し、殺し、殺しの映画にこってり疲れていた。生まれながらの狂人と、生まれながら母親の愛を知らずに育った人間の残忍性の極み。一本の映画はヴェネチア映画祭の金獅子賞を受賞している(嘆きのピエタ)。
一体「人間」とは何物か、人間にとって「金」とは何物かを徹底的に追っていた。
で、礼儀知らずのオヤジに対してフツーならオイ!ひと言位挨拶しろ、というのだが心身共に映画疲れで、あっそうと許してやった。
映画を観た後、腹ペコだったので渋谷東急本店前の「ひもの屋」に入り、サバの開きを頼んだと思ったが出てきたのはアジの開きだった(文化村で偶然出会った連れの後輩がアジを頼みましたよと言った)。
イノセント・ガーデン(この作品の監督はオールド・ボーイでカンヌ映画祭のグランプリを受賞している)は、今日で終わりだった。タイトルデザインの素晴らしさ、タイポグラフィーの素晴らしさでも見るに十分な作品であった。韓国映画のアート性の高さ、恐るべしであった。当然残忍性は計り知れない。
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