昨今、映画やドラマを観て落涙する様な事が無くなっていた。
遥か昔、松本清張の「砂の器」を新宿ミラノ座で観た時は辺り構わず号泣した。
「皇帝ペンギン」の子育てのドキュメントを観た時は嗚咽が止まらなかった。
父を早くに亡くした私は「父と子」とか「子育て」というテーマの作品には涙腺が敏感に反応する。一月二日日本テレビ開局五十周年記念番組に思わず涙を流してしまった。
脚本・監督は「家政婦のミタ」を手がけた人気の脚本家、遊川和彦の初監督作品であった。
どんなテーマでもいい作品を作ると。
ダーツに様々なテーマが書いてあり、遊川和彦がそれに向かってダーツを投げ、刺さった三つのテーマを一つの作品にするという企画だ。
刺さったのは「マッサージ師」「ラブストーリー」「泥沼に咲く花」であった。
時間は約二時間であった。主人公は訪問マッサージ師(小池栄子)と病気の後遺症で半身麻痺のエリート証券マン(小澤征悦)であった。
エリート証券マンは親から期待されなかったコンプレックスを跳ね返すために勉強をして一流大学に入り証券マンとして成功し、多大な富を手にした。
超一流ホテルのスイートルームにある様なベッドに一日中横になっている。
口は動かない、体も手足も固まっている。
妻は働くことしか頭にない夫と別れていた。
妻のところにいる一人息子は中学生だが父を嫌って近づかない。
仕事仲間は気休めの花だけを置いて帰って行く。
その男がもう終わってしまったと決めているのだろう、黒いベッド、黒いベッドカバーは男の気持ちを表している。何台もあるテレビには株式の動きを表す数字やグラフが動いている。
男の心安らぐ時は一回30分だけマッサージに来てくれる、白い服の女性マッサージ師だ。とにかく明るく大きな笑顔で30分間男の固まった体を丁寧に愛情を込めてマッサージする。大学ノートにはビッシリとリハビリの仕方が書いてある。
「お前はなんでいつも笑っているんだ」と男はタドタドしく嫌味をいい、またこんなオレの事をバカにしているんだろうなどと言う。
黒い心の男、黒いベッド(泥沼のイメージ)と白いマッサージ師。
ある日からマッサージ師が来なくなってしまった。
男は動かない手で懸命に携帯をかける。
マッサージ師はバイク事故で足を骨折して辞めてしまっていたのだ。
親の愛情を知らずにひたすら上昇志向で生きて来た男には人の優しさ、心のこもった人の皮膚感を知らなかった。男は必死でマッサージ師を探すのだ。
「オレを放って置くのか、オレに触れていてくれ。オレはちゃんとリハビリをするからと」
やっと見つけたマッサージ師は白い天使の様に笑う、アパートの中で片足を引きずりながら。
小池栄子は本当にいい役者だと思った。
小澤征悦はよくぞここまでと思うほどのリアリズムだった。
いい作品はやっぱりいい脚本だなと思った。
私も、私の恩人、知人、友人も訪問マッサージさんのお世話になっている。
その人たちの懸命な姿が目に浮かび涙が何本も流れ落ちた。
題名は「30分だけの愛」であった。
子は親に頭を撫でてもらった感触を忘れない。
後輩は先輩にがんばれよ、くじけんなよと言って肩に触れてくれた感触を忘れない。
悩み苦しんでいる時、そっと抱きしめられた感触を恋愛という。
1 件のコメント:
このようなドラマを通じて
訪問マッサージの仕事への
理解や認知が高まること、
そして手のぬくもりの力が
多くの方の助けとなる事を
期待します。
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