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2020年1月16日木曜日

第5話「私は鞭」

私は「ムチ」である。決して「無知」ではない。漢字で書くと、「鞭」と書く。私の仕事といえば主に競走馬のおシリを叩くことである。仲間にはSMショーとか、拷問とかに使われているものもいる。競走馬にはエリートたちが走るJRA中央競馬。地方競馬なら大井競馬、神奈川の川崎競馬などがある。福島や札幌、中京とか小倉競馬もエリートだ。京都は東京に匹敵する。千葉の中山は有馬記念で有名だ。有馬記念の生みの親の有馬頼寧さんが「中山は狭い、もっと広くしよう」と客席を増やした。その功績から名づけられたらしい。ちなみに勝新太郎のヒット作兵隊やくざの原作は、頼寧さんの息子の有馬頼義さん。無知な私、じゃない、鞭の私は北海道の「ばんえい競馬」で活躍させてもらっている。雪ゾリのような重い物を引く馬のオシリをバシン、バシン叩く。馬は思うようには走れない、と言うより引きづれない。オリャー、オリャーとオシリを叩く。かわいそうであるが、私は勝たねばならない。故寺山修司は競馬はロマンだ、なんて言ったけど、私には重労働、博打でしかない。だが名馬と出会った。鞭を打ち続けた結果、地方・中央を通じて、はじめて30連勝をやってのけた。一月六日北海道帯広市、第11レース。ホクショウマサル・牡九歳であった。私を使う騎手は、阿部武臣さんだ。厩舎は坂本東一さん。30連勝は19年ぶりだと、あとで知った。宇都宮競馬でドージマファイターが29連勝を達成していた。競馬と言えば走るのだが、ばんえいは違う。もう嫌だ、重い、つらい、シンドイ、坂がキツイ、雪が深い。まるで人生と同じ、そう思っているであろう馬を、私はバチン、バチンと叩きつづけるのだ。馬の鼻からはズボ、ズボと鼻いきが出る。馬の口からは白い息がゴッソリと出る。ウメキ声が出る。100円、200円、500円、1000円、中には10万20万と賭けた男たちが、絶叫する。行け~、行け~と大声を出す。私はつらい、私は馬が好きだから、オシリを叩きたくない。負けても私を使うやさしい騎手と馬主の人が、よくやったぞとナデナデする。私は近々、馬の鞭から離れようと思っている。これからは、叩くよりも、叩かれる身になろうと思う。一度新宿歌舞伎町のSMクラブに友達の鞭と行った時、女王様のような方から、オイ、ヘンタイ、ヨツンバイになれと命令された。私には手足はないからただの鞭だ。黒い鞭でバン、バン、バンと叩かれたら、悲鳴を上げてた自分が、いつしかすっかり気持ちよくなっていた。たくさんの人がそれを見ていた。とっても恥ずかしかった。私は叩いてる方が向いていると思った。新宿から東京駅に行き新幹線で北海道に向かった。アチコチ痛かった。
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