ページ

2010年6月15日火曜日

人間市場 ビヤ樽市


現在住んでいる以前の家の隣にサンケイリビングという処に勤めている人がいた。
私より一歳上、身長は150㎝位、奥さんと子供二人で上の男の子が私の娘と同じ年であった。私は大阪に転勤していた義兄の家に住んでいた。その年大阪の転勤から帰って来るとの事ですっかり海のある生活に慣れ親しんでいた私はその近所に中古の住まいを探した。その時労を尽くしてくれたのが隣のご主人だった。

月に二回床屋さんに行くが以前住んでいた処の床屋さんが私の刈り具合を知っているので三十三年間通っている。雨でない限り自転車で行く。

ある年そのご主人の家が改装を始めやがて二階建ての大邸宅が出来上がった。
床屋のおじさんおばさんが云うにはサンケイリビングを辞めて株をやり始め、大儲けしているという。へえーそうなんだ、株なんかにのめり込んでいるといつか酷い目に遭うよ等と話をした。

それから二年後床屋さんの二つしかない一つの椅子にご主人が座っていた。
株やってるんだって。ええまあ。
凄い家じゃないでっかいベンツもあるし。ええまあ。
今度家を建て替えるのでチョット書類がいるので今度行くのでお願いしますよと話をした。

後日書類を作ってもらいに家に行くと部屋中がグラフを表示した紙だらけ、パソコン二台、奥さんがお茶を出してくれる。すいません、今起こして来ますから、ニューヨークの株式市場が深夜開くので毎日睡眠不足なんです。一日中動かないでパソコンと睨めっこだから体がビヤ樽みたいになってしまったんですと言っていたら、イヤーすみませんちょっと眠ってしまってと言いながら出て来た。本当にビヤ樽みたいに変形していた。

株など一切知らない私は株って上がったり下がったり大変なんでしょと聞くと、それが面白いんですよ上がったら下がる、下がったら上がる。それを読むのが醍醐味なんです。

それから数年後駅の側にある小さな画廊で友人の個展があった。そこに行くと受付にあの奥さんが座っているではないか。てっきり友人の知り合いでお手伝いかと思ったらそうではなくその画廊にパートで勤めていると言う。

どうしたんですかご主人はと聞くと、株でスッテンテンになって何もかも無くしました。
家はと訊ねると、全部持っていかれてしまいました。
ご主人はと訊ねると、この画廊のオーナーの不動産会社に勤めているという。
元の職業に戻ったんだ。悪夢ですよ悪夢。本人はいつか又リベンジするなんて言ってるんです、そうしたら絶対離婚します。

それから半年後位に床屋さんで会いました。男同士の仁義で株の話は一切なし。
奥さんと会った事も言わない。ただかなりスリムになっていたのでダイエットしたの?かなり昔に戻ったじゃないと言うと、ダイエットもダイエット何も運動しないでゲッソリ痩せましたよと言う。訳が判っていたのでそれ以上の事は話さなかった。

濃いブルーのスーツに白のワイシャツ、レジメンタルのネクタイでビシッと決めていました。これから物件の商談なんですと言いながらお金を払っていた。親子四人近所の団地に住んでいると床屋のおじさんが言った。株止めたんだと聞くとおじさんが何回も止めたりやったりしているからね、バブルの頃が忘れられないんじゃないかなと言った。時々怪し気な人と歩いているからな。

それから三年後、自転車で駅のロータリーにいると大きな白いベンツからどうもと声を掛けられた。あのご主人だ。ああ株で一儲けして、今は上昇気流なんだなと思った。
体はビヤ樽に戻っていた。
ビヤ樽が坂を転がり出したらどんどんでっかくなってしまう。雪だるまの様に。どんな雪だるまになったかは想像して下さい。

0 件のコメント: