汚職にまみれた政治家も、権力に吸い付く経済人も、マフィアのボスも、テロリストも、殺し屋も、小判鮫の様な新聞記者も、スクリーンで華やかな女優や男優も、日曜日にはミサに行き十字を切る。
イエス様どうかノーといわないで下さい。
悪行を重ねた身ですがどうか天国に行かせて下さい、アーメンと。
世界中には数十億人近いキリスト教徒がいるという、バチカンが“コンクラーベ”なのか“根比べ”なのか詳しく分からないがあっさりと新しい法王を決定した。
煙突から白い煙が出たのだ。バチカンは世界の裏の総本山ともいわれている。
バチカンから“バ”を取ると“チカン”となる、そんな様々なスキャンダルが露出してしまったので何としてもスムーズに決定したかったのだろう。
また目先を変えるために欧州からでなく、アルゼンチンから選んだ。
信者の40%が今や中南米人だからか。ヨハネとかパブロでなくフランシスコという名を持つ人を選んだ。
日本にキリスト教を伝えに来たフランシスコ・ザビエルの名を思い出した。
同じイエズス会の出身だ。
その夜イタリア政治史にその名を残す男の映画を観た。
あらん限りの悪事の黒幕と言われて26の罪状で査問にかけられたが、魔王と呼ばれたその猫背で能面の様な偏頭痛持ちのアンドレオッティ首相は逃げまくる。そして全て無罪に。その男を支える人間の中に聖職者たちがいた。
イタリアは世界で一番好きな国だがその裏面史は暗殺の歴史だ。
カンツォーネを唄いながら、パスタを頬張りながら、ワインを一杯飲みながら蟻ん子を踏み潰す位の気軽さで政敵や余計なおしゃべり者や裏切り者を殺して行く。
謎めいて薄暗く、皮肉屋で有名であったその男はある日秘密を告解する。
初めて恋を感じた乙女の事を、毎日その娘の事を考えていた事を。
魔王にも少しほろ苦く淡い時代があったのだ。
第七次内閣まで組閣した男の最後とは、イタリアのオドロシイ政治史とマフィアとは、聖職者とは、それは観てのお楽しみ。
映画の題名は「イル・ディーヴォ魔王と呼ばれた男」善を守る為には悪が必要だ。
それが信条であった。ならば悪を守る為には何が必要かを考えたが、結論は国家権力だという事に私は落ち着かせた。日本国は極悪に向かっている。
それを守っているのは高い支持率を与えている勿論国民だ。
国家権力がやがて断末魔となって行くのを見るための根比べが始まった。
悪の跳梁跋扈を許しては行けない、決して諦めてはならない。
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