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2020年4月30日木曜日

第60話「私は家賃」

私は「家賃」である。落語の世界では私家賃を取り立てる大家さんが多く出てくる。話の分かる大家さんもいれば、鬼のような大家さんもいる。総じて江戸時代長屋の大家さんは善い人であったようだ。“職人殺すには刃物はいらぬ、雨の三日も降ればいい。”と言われた。職人たちは雨が降ったら仕事ができないからだ。私家賃も職人さんたちと同じで、雨ならぬ電話が三日も鳴らねば仕事にならない。それが一ヶ月、二ヶ月と続くと、大家さんに頼んで私家賃をしばし止めてもらいたいとか、この際少しばかり相談に乗ってもらいたいとなる。私家賃の亡き父は貧乏弁護士であった。専門が「借地借家法」であった。出て行ってくれと言う、大家側の弁護士は成功報酬は高いが、亡き父は出て行かされる方の側なので、全く報酬には結びつかない。故に貧乏であったと亡き母からよく言われた。鬼のような大家は幼い子どもがいる家族でも、強制執行をして家の外に放りだしたと言う。大きな家屋敷に住んでいる人間は、ほぼ悪事に手を染めているか、金の亡者が、代々弱い民からなけなしの金を、搾り取っている人間と思って間違いない。世のために人のために生きていたら、大きな家屋敷に住むことはできない。亡き父はそう語っていたと言う。私家賃は今日参議院の予算委員会を、朝から午後四時頃まで見ていた。今、世の中の仕事は殆ど動いていない。各種企業をはじめ流通や飲食、映画演劇など娯楽施設をはじめ殆どが、自制・自粛している。そしてフリーランス。それぞれみんな私家賃の支払い問題を抱えている。仕事があってこその私家賃だからだ。小は畳一畳から大は大フロアのオフィスまで、お客が入ってこその商業ビル。そこに入っているテナントが全部出てしまったら、ただの箱空間になる。国会風景を見ていると、与党席の何人かが熟睡しているではないか(名は伏す)そんなアホ人間に、今大問題の私家賃を心配する気など毛頭ない。私家賃の住んでいた、杉並区天沼の小さな家には、父亡きあと、大家から追い出された人たちの裁判記録の書類が、山ほどあった。財産らしき物は何もないのに、なんでこんなに書類があるのと、差し押さえに来てアレやコレやに赤紙を貼っていた、役所の人間が言っていた。その頃私家賃は中学生だった。家賃を滞納していたからだと知った。私家賃は金持ちに嫌悪を感じるのは、家中ベタベタの赤紙を見たせいだろうと思う。時代劇の中の大家にはヤクザを使って追い出す悪人が多い。今も続いているか分からないが、かつて毎月15日は競売の日だった。会社が倒産したり、諸事情で破産したり、家賃が払えず強制執行されたりした諸物件が、競売にかけられる。その日、その日の仕切り役が事前の談合で決められていて、アレはアソコ、ココはオレ、アレとアレはこうして、ああしてと次々に競売は進んでいく。伝統ある老舗旅館とか、誰が何をやって建てたのかという大邸宅や、私家賃が住んでいたような家屋まで、二束三文のような値段で取り引され競売成立となる。役人たちは見て見ぬふりでシャンシャンとなる。今話題の地面師たちだったのだろうと思う。少年時代の忘れられない光景だった。国会を見ていて思った。これからは家賃問題に取り組む法律家や、政治家が国民の支持を得るはずだ。給付金は一回か二回こっきりだが、家賃は何年もだからだ。私は亡き父の遺影に向って、日本国中“家賃”の問題になったよと声をかけた。神田の古本屋さんに行くと、亡き父が著した専門書物があると、聞いた記憶がある。私家賃は貧乏人の代弁者であった亡き父を誇りにしている。悪事悪業をしない貧乏は人間の誇りなのだ。五月七日まで休筆をする。いい弁護士を必要としている人には、いい人を紹介する。



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