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2017年6月29日木曜日

「流転」


一泊500円の中村荘という宿泊所で数人の老人たちが焼死した事件が二ヶ月前にあった。
現代社会は一日前に死んだ人の名を直ぐに忘れる。
人の噂も75日ではなく75時間から75分だ。

中村荘で焼死した一人の老人は七十七歳であった。
あるテレビ局の追跡調査によると、老人は一流電機メーカーに33年間勤めていた。
しかしホームレスになる。友人の保証人となり数千万円を支払う債務を負う。
老人はホームレスとなりながらも身だしなみをちゃんとしていた。
借金の追い込みから避けるため離婚した。
家族や親族に迷惑をかけないように家を捨てざるを得なかった。
ホームレス生活をしながらも人間としての尊厳を持っていたという。
生活保護の収入を借金の返済にあてた。
ホームレス生活の10年位は商店街のアーケードの下の床面であった。

もう一人の老人は六十五歳、スーパーマーケットの食品部に勤めていたが糖尿病の悪化で視力を失っていった。視力が弱いと食品の鮮度がしっかり見比べれないと退社した。
かすかな視力で日雇いの仕事をしながらホームレスとなった。
人に迷惑をかけたくないというのが口グセだったという。

一泊500円、むかしドヤ街というのがあって一泊100円だった
黄色い血の問題はドヤ街から広がった。そこは売血者の宿泊所であった。
自分の血を売って生きていたのだ。使い回しの針からさまざまな病気が広まった。
中でもC型肝炎ウイルスのキャリアになって、やがて肝臓癌になって行った。

私の先輩もその一人で山谷のドヤ街で血を売っていた。
私はそんな先輩を探しに行っては連れて帰ったが、先輩は針中毒になっていた。
針中毒とは血管に針を刺すことが快感なのだ。
やがてホームレスになり五十二歳で死んだ。
両腕はドス黒くなっていて、すでに針を刺す個所がなく、足の指の付け根や、太ももに打っていた。

人に迷惑をかけたくないが口グセだった。
会社の仕事でミスをし、叱責され逃げ続けるように会社を辞めた。
先輩は消えてしまった。
錦糸町のドヤ街で死んだという知らせが入ったので友だちとそこへ行った。
すっかり骨と皮であり、ラグビーで鍛えた体は見る影もなかった。
ミイラみたいな体を毛布にくるんで車に乗せていたら、ドヤ街の住人たちが合掌をしてくれた。私は1000円札二枚を一人の男に渡してありがとうよと言った。

私は芸者稼業だから上にいる人間よりゴーリキーの「どん底」の人間の方が親しみがある。日本中で老人が孤独死している。
老人もかつては可愛い赤ん坊であり、元気な幼稚園児であり、スポーツを楽しむ小・中学生であったはずだ。
高校から一流大学、一流会社に入った人間がホームレスになるプロセスに私は興味がある。
人生は流転する。





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