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2014年7月14日月曜日

「脱獄2本」




人間はオギャーと生まれた瞬間から、人生という監獄生活の中に入る。
そして宿命の刑、運命の刑、寿命の刑を努めねばならない。

七月十一日、2本の映画を見た。
午後十一時四十五分から午前二時まで、NHK BSプレミアムで名作「ショーシャンクの空に」、妻と不倫の相手を殺した罪で終身刑の男がショーシャンク刑務所に入る。


この主人公は銀行の副頭取であった。男は無実であった。
真犯人は行きずりの押し込み強盗であった、が刑務所はその真実を隠す。
男は二十年の歳月をかけて脱獄する。

刑務所の中で知り合った男から小さなノミを手に入れる。
そのノミの隠し場所は刑務所でこれを読めと渡された聖書の中であった。
聖書の中をノミの型に切り抜き、そこに隠したのだ。そしてコツコツ壁を掘り続ける。
掘る時に出た石くずは、少しずつポケットにしまい込み運動場に散らばして行く。

穴は、リタ・ヘイワースやマリリン・モンローなどのポスターなどで隠す。」
何かの実話に基づいた作品なのだが。この映画は単なる脱獄物ではない。
哲学的で、文学的で、詩的である。人間が一生自由を奪われるという終身刑の監獄生活の中で様々な囚人を通して、真の自由とは何かを問いかける。

’94上映時賞賛をあびた名作だ。人間は収容という空間にはじめは憎悪するが、やがて慣れてしまい、娑婆の自由に恐怖するようになる。
私たちは気が付くと毎日々日課のような空間の中にいる。
男は日課から逃れるべく500ヤードの汚水管の中を進みだす。

人生の中に果たして真の自由はあるのだろうか。その自由とは何であろうか。
刑務所にいれば毎日同じ日課をこなせば死ぬまで三食食べさせてもらえる。
娑婆ではそうは行かない。娑婆とは艱難辛苦の世界を言う。

この映画を見終わり、そうだ脱獄物の名作のDVDが確かあったのを思い出しダンボール箱の中から見つけ出した。題名は’67「暴力脱獄」原題は「クールハンドルーク」だ。
主人公ルークは何度も何度も入獄するが、その度に脱走する。
そして手ひどいリンチを受ける。そしてまた脱獄する。いつしか囚人たちは、男の事をクールルークといって脱獄の度に拍手を送る。失敗を恐れず挑戦する男だからだ。

ある日、労役で道路の修復作業をする、両足には重い鉄の塊が鎖で繋がれている。
囚人たちは男の脱獄を助ける、男は逃亡する、やがて夜になる、刑務所は総動員で追い詰める、何匹ものシェパード犬と共に。男は教会の中に隠れていた。
その影に狙撃手の銃が。朝になると囚人たちは口々にこう言う、最高にクールな奴だったぜと。

この映画の主題もまた、真の自由とは何かに対する問いかけであった。体制に対して反体制は存在し、挑戦する。アメリカという国は自由の国のようであるが、自由に対して行動する者には容赦はない。それ故脱獄者の映画が多く生まれ、名作が生まれる。
金儲けに運命をかけた者は金で運命を狂わし、快楽に運命をかけた者は快楽で運命を狂わし、権力に運命をかけた者は権力で運命を狂わす。


人間は何かに狂い、その何かによって狂わされる。だが歴史は人間の熱狂からしか生まれない。挑戦を恐れてはならない。

午前四時五十分、2本目を見終わる。
ちなみに「ショーシャンクの空に」の中には二人の主人公がいる。脱獄した男との二十年の刑務所生活を語る男。それが「モーガン・フリーマン」この役で不動の地位を築いて行く。「暴力脱獄」の主人公クールルーク役は若き「ポール・ニューマン」だ。
やはりこの映画で不動の名声をつかむ。

人生という監獄はどんなに長い刑でも、100年位だ。
真の自由を求めて、何回も、何回も脱獄を試みようではないか。
クールにやるのだ。人間は“時間という刃”を持っている。

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