ページ

2014年7月10日木曜日

「血だらけの教え」




サッカーの神は果たして誰の味方となるのだろうか。

PK戦に敗れたオランダのエース、ロッペン選手はスタンドに向かった。
そこには泣きじゃくる男の子がいた。その男の子をなだめる美しい女性がいた。
ロッペンの妻子なのだろう。ロッペンは、妻と子に優しい微笑みを投げかけた。
120分を戦い抜いた男だけが作る事が出来る、父と夫の姿だった。

勝ったアルゼンチンのエース、メッシ選手の左足には愛する男の子の小さな手形が刺青されている。美しい妻は子と共に神に祈る。
男の激闘、死闘を支えるのはやはり、愛する人間と神への願いだった。

サッカーW杯もいよいよ七月十四日の決勝戦へと向かう。
私はサッカーを詳しく知らなかった。

アルゼンチンの一人の選手が相手と激突し、口の中を傷つけ出血した。
後頭部を強く打って脳震盪をおこし、目の焦点が合っていなかった。だが既に三人が交替しており、替わる選手はもう出せない(ルールにより)。
その選手は大きなガーゼを口の中に入れ、それをしっかり噛んで再び戦いの場に戻った。口から白いガーゼが泡のように吹き出ていた。

私はその男の姿を見て、あー俺は今日サッカーファンになったんだなと思った。
愛する者のために血だらけになって戦う男こそ男なのだ。その選手に教えられた。

但しその戦いが、武器を使用した戦争であってはならない。
スポーツの世界と、働く仕事の世界だ。屈強な男たちは胸に手をあて、指をあて十字を切る。芝生に頭をこすりつけ祈りを捧げる。神はいるのだろうか。

親愛なる友人から過日聖書を送ってもらった。
私に神を信じよという事なのかもしれない。私の大好きなエメラルドブルーの表紙だ。
神など全く知る気がない人生であったが読んでみるかと思った。

そう思わせるほど男たち、それを応援する七万人近い観衆は胸で十字を切り、天に向かって祈り続けていた。
私にとっての神は、ずっと亡き母であり、亡き愛犬であった。

七月十日午前八時二十五分二秒、サッカーの激戦を終えたTVでは台風の被害状況を伝えている。大自然の神は何かに起こっているのかもしれない。
待てよ一番怒っているのは私に対してかもしれない。
もっと、もっと血だらけになって献身的に働き続けよと。

0 件のコメント: